えほんのいずみ

絵本「おだんごスープ」のあらすじや随想

 この絵本について―思い出スープを分かち合う喜び

作:角野栄子

絵:市川里美

出版社:偕成社

出版社の対象とする読者年齢:5歳~ 

出版年月日:1997年11月1日

定価:1,540円(本体 1,400 円)

 
 はじめに


   このうえなく心あたたまる絵本です。

   角野栄子さんと市川里美さんコンビの絵本は『おそとがきえた!』がおばあさん編、

   この『おだんごスープ』はおじいさん編になるのではないでしょうか。

   独り暮らしになっても、これらの作品の中では、おばあさんもおじいさんも今を生か

   され、明日の喜びを見いだしていくところがすてきです。

   日本図書館協会選定図書(1998)

   
   
 あらすじと随想


   妻が亡くなり、ひとりぼっちになってしまったおじいさんが主人公。

   おじいさんは、毎日、椅子に座ったまま元気なく長い時間を過ごしました。

   しかし、ある朝ふと“おばあさんが作ってくれたあのあったかいスープが飲みたいな

   あ”と思ったのです。

   台所には、大小5つのお鍋が並んでいました。

   おじいさんは市場に買い物に出かけ、一番小さいお鍋でおだんごスープを作りまし

   た。ところが、いい匂いが漂いスープができ上がると、何とねずみが3匹訪ねてき

   たのです。そこでおじいさんは3枚のお皿にスープを入れてあげ、自分はほんの少

   し残ったスープを飲みました。


   

   次の日、おじいさんはねずみが来ても自分の分もたっぷり残るように、2番目に小さ

   いお鍋でスープを作りました。ところが、おだんごスープが出来上がった時、ねずみ

   が猫まで一緒に連れてきて“おいしいものがあると、あたしたち仲良しなの”と言っ

   たのです。やはりおじいさんは残ったスープを少し飲みました。

   そこで次は、だれが来てもいいように、もっと大きなお鍋を使うことにしたのです。

   その度に、犬や子どもたちなどお客が増えていき、一番大きなお鍋で作った時には何

   と15人ものお客さま!にぎやかに一緒に食べたけれど、おじいさんのスープはほんの

   少し。

   でも、おじいさんは「うまい。やっとおばあさんのスープとそっくりになった」とう

   れしくなって、にっこりしました。

   さあ、次の日、おじいさんはどのお鍋を使っておだんごスープを作るでしょうか。


   
   
 随想とまとめ


   本書は、作者角野さんが物語を昔話の作りのように構成されているせいか、幼児さん

   でも集中して楽しめるようです。

   市川さんの絵もとても魅力的です。最初元気のなかったおじいさんが、おだんごスー

   プを作りお客さまに振る舞うようになると、表情が明るくなって、枯れていた花を替

   えたり、活気を帯びていく暮らしの様子が美しい作風で細やかに描写されていきま

   す。小学生への読み語りにも喜ばれるでしょう。


   

   角野さん市川さんコンビの絵本は『おそとがきえた!』『おだんごスープ』、どちら

   の作品にもスープが登場します。コトコト煮込んで具材の味がおいしく溶け込み、体

   を温めてくれるスープ。

   特に本書では、おじいさんが、おばあさんの思い出の味を再現したくて作るのです。

   作る度に、おばあさんが歌っていたスープの歌を思い出し、具材も量もお客さまも増

   えていきます。現実のスープに魔法がかかったような元気の湧いて来る絵本です。

 
   

   ところで以前、高村智恵子に心酔していた時、高村光太郎の詩「梅酒」を読んだこと

   がありました。

   その詩に詠われた梅酒は、亡き妻・智恵子が夫・光太郎のために造り、「ひとりで早

   春の夜ふけの寒いとき、これを召し上がってください」と遺していったものでした。

   それが「十年の重みにどんより澱んで光を(つつ) み、いま 琥珀 (こはく) の杯に凝って玉のやう」

   になったのです。その味は、高村智恵子の生涯を象徴するものかもしれません。智恵

   子が亡くなって十年後に、手作りの妻の梅酒を独り味わう光太郎は、どのような気

   持ちだっただろうかとせつなくなりました。


   

   この絵本と「梅酒」ではステージが違うと思いますが、梅酒もスープも故人が調理し

   たもの。どちらもぬくもりに満ち、食す人の「今」を温め、明日へとつなげてくれま

   す。

   おじいさんは、思い出のスープを振る舞うお客が来てくれたことを喜び、来訪者の分

   を先によそり、自分は残りを食べるというおもてなしの精神を発揮しました。料理は

   誰かのために作ったり、あるいは「おいしい」とか「ありがとう」と言って食べてく

   れる人がいたりする時、より美味しくなるにちがいありません。

   でも、自分自身のために用意するのも、誰かに作ってもらうのもうれしいですね。


   
   

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