昔あるところに、パンの一かけらしか弁当に持っていけないほど貧乏なきこりがいま
した。
するとある日、いたずらな小さい悪魔が、そのパンのかけらを盗み、得意になって大
きな悪魔達に自慢したのです。
ところが、彼らは小さな悪魔を諫め、“何てことだ!今すぐに返しに行って謝まって
来い。そしてお詫びのしるしに何か役に立つことをして来るんだ。それができるまで
は帰ってくるな!”とかんかんになって怒りました。
そこで小さな悪魔は、きこりのところへ謝りに行き、お詫びに何かさせてほしいと頼
みました。きこりはパンを返してくれればいいんだと、笑顔で答えましたが、小さな
悪魔が泣きだしたので、できるものなら近くの汚い沼地を麦畑に変えてくれないかと
頼んだのです。
すると彼が快諾したので、きこりは地主の許可をもらい、悪魔の不思議な働きときこ
り自身の協力によって、沼は広々としたみごとな麦畑に変わりました。
ところが地主は麦が実ると、全部自分のものだからと持って行ってしまったのです。
二人はがっかりして泣きました。
しかし悪魔はすぐに元気をとり戻し、地主に“せめて麦を一束きこりに返してほし
い。きこりがあまりに可哀想だ”と悲しそうな顔で頼んだので、地主は仕方なく一束
の麦を返しました。
すると小さな悪魔はきこりと一緒にそれで長い長い縄をより、地主の納屋に仕舞って
ある、とてつもなくたくさんの麦をひと束にまとめて全部運び出そうとしたのです。
さあ、この後の小さな悪魔の活躍が楽しみです。
ハラハラドキドキの結末は是非絵本でご覧ください。
昔話は勧善懲悪と言われますが、この昔話絵本では悪魔が悪役ではありません。
リトアニア語では悪魔をVelnias(ヴェル二アス)と言うそうですが、本書の中でも小さ
な悪魔はいたずらっ子ではあるけれど、むしろ大きな悪魔たちによって善へと導かれ
ます。
大きな悪魔は、人の大事なものを盗んだりしたら謝罪とお詫びで償うようにと諭すの
ですから、日本人のイメージする悪魔とはかなり違うようです。
悪魔は庶民の味方、それよりも、本当の悪は地主の心に潜んでいるような我欲である
ことがクローズアップされます。地主と小作人の封建的関係への庶民の怒りも含まれ
ているのでしょう。
しかし堀内さんの絵のような表情豊かな小さな悪魔が、その地主の我欲に対して不思
議な力やとんちを発揮し、天の審判を仰ぐことになるのですから、何と小気味良いこ
とでしょうか。
リトアニアの民間伝承の「悪魔」は邪悪というより、本書の如くいたずらっ子的で、
ネガティブなものをユーモア感覚でポジティブなものに変える要素があるそうです。
ですから、人々の生活に幸運をもたらす象徴として、家々に小さな悪魔の可愛らしい
置き物が飾られているとか。
本書では、画家・堀内誠一さんの絵がリトアニアのスケールの大きな自然を背景に、
実り豊かな物語をすべての画面いっぱいに表現しています。
登場人物たちの表情がユニークなので子どもたちをワクワクさせ、おとなの読者の皆
さんをも楽しませてくれるでしょう。特に、文章のない最終場面の影絵が魅力的です。
小学生の集団への読み語りでも喜ばれる絵本です。