エマおばあちゃんの心の変化に、大きな感動がある絵本です。
作者ウエンデイ・ケッセルマンさんの本書は、1980年にインストラクター・マガジン
誌秋期4大優良図書の一冊。
画家は『ルピナスさん』(ほるぷ出版)を創作したバーバラ・クーニーさんですの
で、美術展のように美しい絵にあふれています。
特におとなの読者の皆さんが、深い共感を寄せられるでしょう。
主人公は72歳のエマおばあちゃん。子どもや孫、曾孫もいます。
おばあちゃんは普段ひとり暮しですが、皆が遊びに来てくれるのを楽しみにして、
お菓子を作ったり花を飾ったりして出迎えました。
でも、帰ってしまうと、寂しくなります。
毎日の話相手は、茶とらの「かぼちゃのたね」という名前のねこ。
作者は、このおもしろい名前のねことおばあちゃんが、どんなにお互いを大切に思っ
ているか、愛情の込もった絵で表現しています。
ところが皆は、いつも退屈そうなおばあちゃんを「もう、お年だものね。かわいそう
に」と陰で笑いました。
そして、お誕生日のお祝いに皆で故郷の小さな村の絵を贈ったのです。
でも、エマおばあちゃんはその絵を眺めているうちに、自分の故郷とは違うと思い
始めました。そこで、画材を買いに行き、自分で絵を描くことにしたのです。毎日
熱心にキャンバスに向い、懐かしい故郷の風景を描きました。
しかし、子どもたちが来た時には内緒にして、彼らが贈ってくれた絵を壁に掛けてお
いたのです。
ところが、ある日、間違えて自分の描いた絵を飾ったままにしてしまいました。それ
を見て、皆はどれほど驚いたことでしょう!
「いい絵だ!」とおばあちゃんの絵を絶賛し、これからも描いて、と勧めたのです。
やがて、彼女の家に絵を見に来る人が増えました。でも、来客が帰ってしまうと、エマ
おばあちゃんは、やっぱりひとりぼっち。ところが・・・。
うれしいフィナーレの場面は、是非絵本でご覧ください。
私の尊敬する友人の、卒寿に近いお母さまは、毎日ミシンで袋物や手提げを作ってお
られます。心を込めて作られた、そのすてきな手提げを私にも下さるのですが、デザ
インが豊かで、何とぬくもりに満ちていることでしょう。ですから、いつ頂いてもうれ
しくなります。
誰でも年を重ねると、視力が落ちたり、不調なところも増えてくるようです。
現在、70歳の私も、できるうちは、新しいことにチャレンジしてみたいと思います。
覚えるより忘れてしまうことの方がはるかに多くても、覚えていることを活用して、
好きなことを楽しみたいと思うのです。それがたとえ人の役に立たなくても、自分
らしくて人の迷惑にもならなければ、上出来ではないでしょうか。
この絵本の中で、エマおばあちゃんが生きがいを見つけるまで、所在なく時を過ごす
様子を見て、子どもたちが「かわいそうに」と陰で笑うなんて、せつなくなります。
エマおばあちゃんは、愛猫が木から降りられなくなった時にも、木登りして助けてあ
げるほどお茶目で思いやりがあり、自立して自分らしく暮しているのですから。
周囲には、意味がなさそうにボ―ッともの思いにふけっているように見えても、彼女
にとっては、若い時と同じようにかけがえのない時間に違いありません。
この絵本では「ひとりぼっち」という、高齢者の孤独も課題になっているようです
が、子ども達がエマおばあちゃんを慰めようと、故郷の絵を贈ったことがきっかけ
で、彼女は自分で懐かしい故郷の絵を描くようになりました。
それは、高齢になった今だからこそイメージして表現できた、エマおばあちゃんの
内なる故郷の絵です。
表現することに没頭する楽しさ、そしてそれを佳い絵だと家族や来客に承認してもら
う喜びの両方が得られたのですから、描画は、エマおばあちゃんにとって、大きな
生きがいとなったことでしょう。
アメリカの心理学者ミハイ・チクセントミハイがいうように、仕事やスポーツ、芸術
や研究や趣味などを楽しみ、没頭できる時間を持っている人は、フロー体験ができ
て、幸福感が得られるのでしょう。
ですから 生きがいと出会えたエマおばあちゃんが、その後のひとり暮しをより満喫
できるようになったのも、新しい幸福感がもたらしてくれたものかもしれません。