ある雪の日、おじいさんは、気づかずに森で手袋を片方落としてしまいました。
すると、ネズミが駆けてきて、「ここで暮らすことにするわ」と手袋にもぐりこみま
した。そこへ、カエルも来て、「だれ?手袋に住んでいるのは?」と聞いたのです。
「くいしんぼネズミ。あなたは?」「ぴょんぴょんガエルよ。わたしも入れて。」
「どうぞ」
こうして、来訪者と先住者との最高にあたたかな問答が繰り返されます。さらにキツネ
とウサギが加わり、怖そうなオオカミやイノシシ、のっそりグマまで「入れてくれ」と
訪ねて来ました。そして「もう、満員です」と疎まれながらも、端っこに入り込んだ
のです。手袋ははじけそうなのに、中は楽しそう。
その時、おじいさんが手袋を探しに戻ってきました。そして子犬が手袋を見つけて、
吠えたてると・・。
あっと驚くフィナーレは、是非絵本でごらんください。
この絵本は我が家でも、長女が4歳、下の息子が2歳の頃から楽しみました。
絵本の中で動物たちが手袋を家に見立て 小動物も怖い動物も一緒に入る様子に子ど
もたちはハラハラドキドキしながら眼を輝かせたのです。そして、新しい来訪者が
「だれ?てぶくろに住んでいるのは」と尋ねる度に、「くいしんぼねずみと、ぴょん
ぴょんがえると、はやあしうさぎと・・・」と毎回、姉弟で競争しながら答えたもので
す。繰り返される規則性の醍醐味!最後に息を切らせながら7匹全部を答え、手袋が
子犬によって現実の世界に戻った後には、即「もう一回読んで!」とねだられました。
そしてクリスマスにサンタさんからミトンの手袋をもらい、自分の指を「ぴょんぴょ
んがえる」や「きばもちいのしし」に見立て、「てぶくろごっこ」を楽しんだので
す。
ロシアでは、本来、ルカビーチカ(ミトン)は農作業や森仕事に用いられたそうで
すが、手指を守る防寒具でもありましょう。子どもたちの遊びを見ていると、手袋と
いう隠れ家に、動物たちが身を寄せ合う発想につながったとしても不思議ではありま
せん。
この民話には、手袋だけではなく、つぼの中に動物が次々に入る『つぼのおうち』
(ロシアの動物民話集、ラチョフ絵、新読書社1982年刊 絶版)やその他の類話もあ
ります。
かつて民話は大人の口承文芸でしたが、手袋という子どもにとっても身近なモチーフ
のこの民話は、子どもたちにも親しみやすく喜ばれたでしょう。
瀬田貞二著『幼い子の文学』(中公新書)では、この民話に似たモチーフの北欧神話
も紹介されています。雷(いかづち)の神トールが巨人征伐に出かけ、寝る所を探し
ていると一軒の家が見つかり、そこで夜を明かします。でも、翌朝起きてみると、そ
れは、スクリューミルという巨人の手袋の片方だったというのです。
また、ブルガリア民話『おじいさんのてぶくろ』(学研ワールドえほん、ボリス・ス
トエフ絵2003年刊 絶版)などもあります。この民話では、おじいさんが落とした手
袋に動物たちが次々に入りますが、最後に破けてしまった手袋をおばあさんが編み直
すのです。
いずれにしてもご紹介した民話では、おじいさんの落とした片方の手袋が、動物たちの
大小を問わず暖かな隠れ家になるという、想像の世界の後、現実に戻ります。
こうして現実から想像の世界へと移行し、再び現実に戻るおもしろさは、エッツ作
『もりのなか』やセンダック作『かいじゅうたちのいるところ』の絵本のストー
リィと同型であると、棚橋美代子氏(児童文化研究者)が考察しています。
それと共に、本書『てぶくろ』の魅力は、限界まで動物たちでパンパンにふくらんだ
手袋が子犬の襲撃で現実に戻り、動物たちが手袋から逃げていくというカタルシス
にあるのではないかと、田中友子氏は、ロシア児童文学・文化研究誌『カスチョー
ル』21号で読み解いているのです。
ちょうどかくれんぼをして遊ぶ子どもたちが、オニに見つかって「あっ」と声を上
げるような、一種の危機感と解放感が同時に味わえるのかもしれません。
写実的なラチョフの絵では、動物がウクライナの民族衣装を着ているものの、それぞ
れの動物らしさがみごとに描写され、どの動物もてぶくろという暖かい隠れ家に受け
容れられたことが、うれしく感じられます。