本書は蜘蛛(クモ)の旅立ちの絵本です。
作者いとうひろしさんには他に『ルラルさんのにわ』(絵本にっぽん大賞)『だ
いじょうぶだいじょうぶ』(講談社出版文化賞)『くもくん』(日本絵本賞読者
賞)『おさるはおさる』(路傍の石幼少年文学賞)など、子どももおとなも心
癒やされる楽しい作品が数多くあります。
この絵本は、きっとストーリィも絵も読者の皆さんをドキドキさせ、その後ほっと
安心させてくれるでしょう。
主人公のムーさんは、表紙絵の手前に描かれている黄色いクモの子です。
きょうだい達と一緒に暮らしている彼は、自立の旅立ちの日が近いことに、薄々気づ
いていました。
生まれたところから遠くはなれ、新しい自分のすみかを見つけなければならないので
す。きょうだいは皆、そわそわして、どこへ行きたいかを決めているようでした。
ニーさんは海のそば、ネーさんはお花畑の中。イーさんとオーさんは、レストランの
あるようなおしゃれな町。皆、それぞれに夢をふくらませています。
でも、ムーさんははっきりと決まらないうちに、とうとう旅立ちの日が来てしまいまし
た。
よく晴れた秋の日、皆、いっせいに今までの住みかを離れ、空高く飛び始めたので
す。風にのって自分のめざすところを探し、青い空を渡っていきます。やがてそれ
ぞれが住みかを見つけ、ムーさんに手をふって、降りて行きました。
ところがムーさんは、行き先がわからないまま、段々疲れてきました。
そして、とうとう畑と林の間の草むらに落ちてしまったのです。
さあ、ムーさんはこれから、どうなるのでしょうか。
ドキドキハラハラのフィナーレは、是非絵本でご覧ください。
本書はクモがカラフルでかわいいし、クモの旅も興味深いので、3・4歳の子どもた
ちにも人気のある絵本です。
虫が苦手なおとなの方も、きっと不快にならずに楽しめるでしょう。
クモ達は、羽もないのにどうやって空を飛ぶのでしょうか。
上昇気流に乗って、時に3000㎞も飛ぶ「バルーニング」という空中飛行についても、
丁寧に絵で描写されています。ですから子どもたちも、クモの生態について、よく理
解できるでしょう。
ところで、作者のいとうさんは普段、特定の誰かに向けて絵本を制作することはないそ
うなのです。しかしポプラ社のインタビューによると、この絵本は、お世話になった知
り合いの人が落ち込んでいる時、その人に贈りたい気持ちがあって描いた作品だそう
です。
本書で、ドラマティックなのは、旅立ってからもムーさんひとりが迷い続け、とうと
う疲れて地面に落ちてしまうところでしょう。
その時、ムーさんが考えたのは、なかなか決められない自分の代わりに、この場所が
自分を選んでくれたのかもしれないということでした。
そして、草の間に一本スーッと糸を張り、「やっと、ぼくの場所をみつけたよ。ぼ
く、ここで頑張ってみるね」と決意したのです。
居場所が与えられたとしても、最後に決めるのは自分だと自覚する、この場面のムー
さんの言葉と表情に、勇気をもらう読者の方もいるのではないでしょうか。
心配性で優柔不断な私もそのひとりでした。
何かをしたいのに、決まらなくていつまでも迷っている時。
なかなかビジョンが得られないのに、新しい場所に出発しなければならないような時
にも、きっとこの絵本のムーさんが背中を押してくれる気がします。