この絵本の主人公はピアノです。ピアノの心の不安や悲しみ、そして喜びが、私たち
読者の心に響きます。作者くすのき氏のお宅にやってきたピアノがモデルになってい
るそうですが、世代を超えたピアノとの絆が感動的なストーリィです。
作者の絵本には当ブログでもご紹介した『おこだでませんように』(小学館)ほか
『いち・にの・さんかんび』(東洋館出版)『ええところ』(学研プラス)『Life
(ライフ)』(瑞雲社)など、魅力あふれる作品が数多くあります。
絵は日本画家森谷明子さんが、ピアノの心の機微をていねいに表現し、
まさに絵と文のコラボレーションが心にしみる作品です。
一台のピアノが楽器屋さんに並べられました。ピカピカの新品です。
“だれが弾いてくれるのかしら”と、心待ちにしていたある日、ピアノの前に現われ
たのは、小さな女の子でした。彼女はそのピアノがとても気に入り、両親に買っても
らうことになりました。
その子の家に運ばれたのは、ちょうど彼女の6歳のお誕生日のこと。
「このピアノもわたしのことがだいすきみたい!!」と、女の子はピアノに「メロ
ディ」という名前をつけました。“わたしは世界で一台だけの名前のあるピアノ”
と、メロディもうれしくてたまりませんでした。女の子は悲しい時もうれしい時も、
毎日、メロディを弾きました。ピアノは彼女と一緒にいられてしあわせでした。
ところが、女の子が中学生、高校生になると段々メロディと過ごす時間が減り、やが
て家を離れて、メロディを弾くこともなくなりました。ピアノは女の子と過ごした今
までの時間を思い出しながら、毎日静かに暮らしたのです。
そんなある日、メロディは思いがけず外に運び出され、工場へ連れて行かれることに
なりました。
“わたしはもう捨てられてしまうのかもしれない。それなら最後にもういちど、あの
指で弾いてほしかった”
ピアノは、不安と悲しみで胸がはりさけそうでした。
その後のメロディのあゆみは、表紙絵に込められています。ピアノはもう一度あの女
の子の指に会えるのでしょうか。
ドキドキのフィナーレは是非絵本でご覧ください。
ところで、東日本大震災の津波で被災した福島県いわき市豊間中学校のピアノは、
破損の状態がひどく、廃棄される寸前だったそうです。しかし深手を負ったピア ノ
を「奇跡のピアノ」として復元したのが、調律師遠藤洋さんとご家族でした。塩害を
受けたピアノの修復は、海水を洗い流すところから始められたそうですが、どれほど
心のこもった蘇生術だったでしょう。
ピアノはこのように愛に満ちたさまざまなケアを受けながら、さらに弾き手と心を合
わせ、すてきな音を響かせることができるのだと新たに知りました。
最近、すばらしい動画を見ました。
鍵盤がほとんど壊れ、演奏不能だったピアノをみごとに演奏したピア二ストの動画で
す。
そのピアノは、北海道の公園のストリートピアノ。風雨にさらされ、グランドピアノ
の蓋の中はプランターとして使われ、花が咲き乱れている状態でした。鍵盤はガタガ
タで三音しか音がでません。ですから姿かたちはピアノでも、演奏の機能はもう果た
せませんでした。
しかし、そのピアノに命を吹き込んでよみがえらせたのが、プロのピアニストで作曲
家、YouTuberのよみぃさんです。
ファンが大勢いるので、すでにご存じの方もいらっしゃるでしょう。
よみぃさんは、ピアノに親愛なる敬意をお持ちであり、ピアノ演奏や作曲、アレン
ジ 、動画制作などにも、卓越した天分と力をお持ちの方だと思います。それだけで
なく多くの人がさまざまなジャンルの音楽を楽しめるように、ピアニストとしての
心づかいや努力も惜しみません。
ですから動画の中で、音の出ないはずのストリートピアノをよみぃさんが弾き、
”D’S Adventure Notes”(よみぃさん作曲)の曲が響いてきた時には、その
魂の音色に圧倒されました。すでに壊れているピアノが、熱くて心優しいアー
ティストのチャレンジにより、命輝くすばらしいメロディーを再び演奏できた
のですから、ピアノの喜びと感激もひとしおでしょう。
その感動的なシーンも是非ご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=rZvwvkbx1Aw
本書『メロディ だいすきなわたしのピアノ』の絵本を読んだり、よみぃさんの動画を
見たりすると、ピアノをもうやめたいと思っている方も、ピアノを弾き続けようという
元気がもらえるのではないでしょうか。これから始めたいという方はきっと楽しさを先
取りできるに違いありません。