本書は美しく繊細な独特の画風で表現されています。縦20センチ、横14.5センチの
小さな絵本ですが、寂しい巨人が喜びのフィナーレを迎える物語として、むしろ型の
小ささが豊かに生かされているのではないでしょうか。
第14回MOE絵本屋さん大賞2021第3位。
その他『怪物園』『あ』『Michi』(いずれも福音館書店刊)などの作品も、多くの読
者を魅了しています。
主人公は、遠い国の大きな山のてっぺんに住む、ひとりの巨人です。
彼は、長い間友だちも家族もなく、独り寂しく暮らしていました。
もし一緒にごはんを食べたり話相手になってくれたりする人がいたら、どんなにいい
だろうと、毎日思っていたのです。
そこである晩、山の麓の家を一軒、山のてっぺんへ運んできてしまいました。
朝になると、その家の住民に「これからはここで一緒に暮らしましょう。ほしいもの
があったら、何でもあげますから」と話しました。すると、その家のお父さんが「寂
しくないように、親戚の家もここへ運んできてくれませんか」と言ったので、その
夜、巨人は、親戚の家もこっそり運んできました。
やがて、山の上には、次々に彼らの大勢の友だちの家や、街のお店屋さんまで運びこ
まれ、とてもにぎやかな街になりました。空気も水もきれいなので、住民たちは喜びま
した。
ところが、周りはにぎやかになっても、巨人は相変わらずひとりぼっちのままだったの
です。
そこで彼はある夜明け前に、そっと山を下りて行きました。
すると麓には、たった一軒だけ、小さな家が残されていました。
そこには、街の誰からも招ばれなかった少年が、独りで暮らしていたのです。
やがて、巨人と少年は・・・。
この絵本の感動的なクライマックスのフィナーレは、是非、作品を手にとって、ご覧
ください。
作者Junaidaさんは本書の出版に際し、「自分と世界をつなぐもの」というエッセイを
福音館書店のホームページに寄せています。そこには、子ども時代に転校が多かっ
たので、いつも自分の居場所はここではないという感覚があった気がすると書かれて
います。
しかしJunaidaさん自身が世界とつながる扉を開けたのは、14歳でパンクロックの音
楽と出会った時だったそうです。
彼は、世界とつながる第一歩がすぐに見つからなくても、自分と共鳴できる人や何か
と出会える機会は、誰にも必ずあるはずだといいます。もしすぐに見つからなかった
ら、留まらずに先へ進めばいい。
本書では、巨人が山を下りる場面がクライマックスとして描れていますが、それも作
者の柔軟性、そして共鳴できる友人との出会いを希求する主人公のゆるがない思いを
示すものでしょう。
私事ですが、初めて親友と出会ったのは、中学1年の時でした。
当時、クラスではグループ学習が進められていました。しかし、グループ活動が大の
苦手だった私は、部活のない放課後、わざわざグループで集まって宿題をするルール
も苦痛でした。ひとりで自由に過ごしたいので、グループ活動をさぼって帰宅してし
まうこともありました。当然ながらメンバーの非難の的になり、ついにはグループか
ら放り出されました。
しかしラッキーなことに、ちょうど私と同じように、グループ学習が性に合わず、別
のグループから出たいと言っている人がいたのです。彼女とは気も合いましたし、
「ふたりでグループを作りたい」と担任の先生に願い出ました。
すると先生から「決められたグループから出たいというおまえらは、著しく協調性に
欠けている。」と注意を受けましたが、私たちは「ふたりでも、小グループではない
でしょうか?」と屁理屈をこねて食い下がり、いつもふたりで過ごすようになったの
です。
かけがえのない、その友人との出会いから半世紀以上になりますが、今でも親しくし
てもらっています。私は相変わらずインドア派内向タイプですが、彼女は中学時代か
らの夢を実現させて同時通訳者になり、海外を飛びまわってきました。
本書には、「街どろぼう」という少々物騒なタイトルがついていますが、この小さな
美しい絵本が、実は作者の柔軟で強い精神に満ちていることを、覚えておきたいと思
います。