むかし、ある村に「世界一のまぬけ」と呼ばれる、おとなしい若者がいました。
ある国の王さまが”空とぶ船にのってお城まで来た者を王女と結婚させてやろう“と
おふれを出した時、彼は自分が旅に出て空飛ぶ船を探してくると言い出したのです。
すると村の人々は、空とぶ船などあるはずがないとばかにして笑いましたが、彼があ
きらめなかったので、お母さんは旅のお弁当にパンと水だけ持たせてやりました。
さて、しばらく行くと、身なりの貧しいおじいさんが行き先を尋ねてきました。
若者が「どこにあるかわからないけれど、空とぶ船を探しに行くんですよ」と答える
と、老人は、自分と初めて口をきいてくれた若者だと喜び、彼を手助けする約束をし
ました。その時、若者のわずかなお弁当を少し分けてほしいと頼んだので、若者が分
けようと包みを開けると、不思議なことに祝福されたごちそうがどっさり入っていま
した。食べ終わったあと老人は、森を行ったら最初の木を3回叩くようにと勧めます。
若者がお礼をいって別れ、その指示どおりにすると本当に空飛ぶ船が待っていたので
す。
若者は喜んで船に乗り込み出発しました。
彼はお城に行くまでに7人の奇想天外な人たちに会います。地面に耳をつけて世界中
の出来事を聴く「きき耳」。二本の足ではねると世界の向こう側まで行ってしまう
「ひとっとび」。千キロ先の獲物まで見通せる「千キロおみとおし」。並みはずれた食
いしん坊の「たらふく」。池の水も一口で飲み干す「ひとくちごっくり」。魔法のたき
ぎを軍隊に変える「たきぎかつぎ」。背負ったわら束をまいて雪を降らせる「わら束だ
んな」。名前を聞いただけで笑いだしそうな、こだまともこさんの名訳です。
若者は、会うごとに彼らを旅の仲間に加えて一緒に空とぶ船に乗り、お城に向いまし
た。
ところが、船がお城に着くと王さまは「世界一のまぬけ」一行を歓迎せず、王女さま
との結婚話を壊そうともくろみます。
さあ、若者は王女さまと結婚できるのでしょうか。
ハラハラドキドキのすばらしい大団円は是非絵本でお楽しみください。
かつてロシアの文豪トルストイが『イワンのばか』という作品を書きました。
三人きょうだいの末っ子イワンが主人公ですが、彼は狡猾な兄たちに比べて愚直で無
欲で純朴であり、それゆえに皆から馬鹿だと言われていました。
しかしこの主人公像はトルストイの創作ではなく、ロシア民話の系譜の中にあったよ
うです。
本書の主人公もその流れの中に居るのだと思いますが、他に「まぬけ」と言われる
主人公が登場する類話には、ドイツのグリムの昔話「金のがちょう」なども挙げ
られるでしょう。やはり利益を追求することに無頓着な末息子が、兄たちとは違
い小人にも親切にしたので、お返しを受けるのです。
しかし「まぬけ」といわれる主人公たちは総じて、トルストイの書いたイワンと
同様に、馬鹿だ、まぬけだと言われても本人は気にしません。
欲がなくお人好しで親切なうえ、時に適って人のアドバイスを受け入れるので
道が拓けていきます。ですからハッピーエンドを生み、昔話の主人公として永く
愛されてきたのでしょう。
ところで、本書のように奇想天外な仲間が活躍する昔話にも類話があるようです。
たとえば、中国の少数民族イ族に伝わる民話を絵本化したロングセラー『王さまと九
人のきょうだい』(岩波書店刊)、またモンゴルの民話「北極星と北斗七星」を基に
した『空とぶ馬と七人のきょうだい モンゴルの北斗七星のおはなし』(廣済堂あかつ
き刊)などが挙げられるでしょう。これらの昔話絵本にも、それぞれ並みはずれた特
技を持つきょうだいが登場し、ずる賢い王さまや恐ろしい怪鳥との戦いを解決しま
す。
本書『空とぶ船とゆかいななかま』には愛すべきまぬけな主人公が登場するだけでは
ありません。ゆかいな賜物を持つ仲間たちと出会い、欲深な王さまが発する無理難
題を解いてみごとに勝利するのですからおもしろさ満載なのです。子ども達が笑い
の渦に巻き込まれるのも当然といえるでしょう。