本書は、「ルラルさん」シリーズの第1作目です。
第13回絵本にっぽん大賞受賞作のロングセラーです。
いとうひろしさんの絵本は、『だいじょうぶだいじょうぶ』『おさるのまいにち」
シリーズ(以上講談社)、『ごきげんなすてご』シリーズ(徳間書店)、『くも
くん』(以上ポプラ社)他、多数の心あたたまる作品があります。
主人公は表紙絵のルラルさん。
彼には広くて素晴らしい芝生の庭がありました。
毎日手入れをしていますが、だれかが入ろうとすると得意のパチンコで、ネズミもカ
メもトカゲもトリも、イヌやネコも、追い払いました。
大切だから独占したい庭だったのです。
ところが、ある朝、歯を磨きながら庭を眺めると、なんと丸太が転がっていました。
けとばしてやろうとすると、丸太ではなくワニでした。
そこで彼はいつものようにパチンコを取り出したのですが、もしかすると噛みつかれ
るかもしないと思い、庭に寝そべっているワニの様子をしばらく見ることにしました。
すると、ワニが、ルラルさんを手招きしたのです。
そしておもしろい口調で、「なあ、おっちゃん、ここに寝そべってみなよ」と言うで
はありませんか。芝生がおなかをチクチクするのが、たまらなく気持ちいいと、言
うのです。
ルラルさんは、ワニに逆らって怒らせたら怖いと思い、言われた通りにしてみまし
た。すると、何と気持ちが良くてしあわせなことでしょう!
最後の2場面はユーモア全開です。
にぎやかな庭のおもしろさは絵で見た方がよくわかるでしょう。是非、絵本をご覧く
ださい。
子どもたちと一緒に読むと、本作の主人公を最初はちょっとこわがる子、パチンコの
方に興味を示す男の子もいたりします。でも、最後は大爆笑です。
いとうひろしさんへのインタビュー(ポプラ社)によれば、作者の中でのルラルさん
のイメージは、「町役場か市役所の出納課を早期退職して、今は悠々自適な暮らしを
している50歳くらいの人」だったようです。
しかし、1作目のこの絵本で、最初は自分の大切な庭をきれいに管理することだけを
考えていた彼が、フィナーレではワニと一緒にリラックスし、今まで知らなかった
心地良さや、みんなで楽しむ解放感を得ていくのです。
現在、9作目まである本シリーズの登場人物は、皆、このルラルさんの庭の仲間た
ち。
いとうさんは、日常生活に潜んでいる小さな喜びこそ、大事だと思っているそうで
す。作品を制作するうえでも、今まで気づかなかった、何でもないようなことを面白
がれる感覚を磨いていきたいと、言われています。
ところで、1作目と2作目では、ワニのユーモラスな個性が発揮され、そのありのま
まの感覚がとても魅力的に表現されています。しかし、残念ながら両作品とも、表紙
にワニの絵は描かれていないのです。
ワニが初めて表紙に登場するのは、シリーズ8作目の『ルラルさんのだいくしごと』
です。
この絵本では、ルラルさんが積極的に庭の仲間達の遊びを受け容れますが、その間、
彼自身はじっと屋根の上で待っていなければなりません。でも、仲間たちが遊ぶ間、
彼も、あることを心から楽しんで待っているのです。そうしたルラルさんの行動の
変化がすてきです。
しあわせそうなルラルさんの優しい表情に、読者の皆さんも、ほっこりするでしょ
う。
作者自身、このシリーズが9作目まで続くとは、思いもよらなかったそうですが、
段々と表紙のルラルさんの表情が明るく楽しそうになっていることに、皆さん
も気づかれるのではないでしょうか。
もしかすると、ルラルさん自身が、リラックスしたワニの童心を自分の中に取り入
れ、心が解放されてきた証しとして、表紙絵にも、ワニが描かれるようになったのか
もしれません。
このシリーズでは、主人公ルラルさんと、庭の仲間たちとの思いやりや信頼関係の深
まっていく様子が見られるのも、とてもうれしいことです。