この絵本は実話に基づく作品です。
今から100年以上も前、1914年7月のこと、第一次世界大戦が起こりました。
イギリス、フランス、ロシア、日本などの連合国軍と、ドイツ、オーストリアなど
の同盟国軍による戦争です。
兵士は手に手に銃や剣を持ち大砲を用いてぶつかり合いました。国境には鉄条網が張
られ、戦いの最前線には「ざんごう」を掘り、敵から身を守る隠れ場が設けられたの
です。食糧は乏しく電気もなく、連合国軍、同盟国軍双方にとって厳しい戦禍でし
た。
しかし、クリスマスイブの日、攻め込むドイツ軍と迎え撃つイギリス軍との間にこん
なことが起きたそうです。
イギリス軍の兵士たちが疲れてざんごうで休んでいると、遠くのドイツ軍のざんごう
から、銃声ではなくかすかな歌のメロディーが聴こえてきたのです。耳を澄ませると
クリスマスキャロルの「きよしこのよる」でした。
イギリス軍もそのメロディーに合わせて歌い始めた時、ドイツ軍から拍手が湧き起
こりました。さらに鉄条網を越えて両軍の兵士たちは、それぞれの母国語で「もろ
びとこぞりて」などの賛美歌を唱和したのです。歌を通して心の通い合うひととき。
そしてクリスマスの25日、両軍は兵士一人ひとりが武器を置いて鉄条網に近づき、
「メリー・クリスマス」を伝え合って握手を交わしました。
やがて兵士たちは笑い合って親しく話し、上着を丸めてボールを作ると、戦場で両
軍がサッカーを始めました。それは戦場の何箇所もで実際に行われたそうです。こう
してクリスマス休戦が実現したのです。
史実に基づいた終戦へのきざしは是非絵本でご覧ください。
戦場の「きよしこのよる」は、ドイツ軍を慰問したテノール歌手ヴァルター・キルヒ
ホフさんの歌声だった逸話もあります。そのすばらしい歌に感動したフランス軍将校
が遠くから拍手を送ると、敵方からの拍手に感極まったキルヒホフさん自身がそのざん
ごうに向かい、やがて兵士たちも続々と銃を置いて、最後に両軍は共にクリスマスを
祝って過ごしたそうです。
クリスマスという共通の祝祭イベントが礎となり、両軍をぬくもらせたのは何と
さいわいなことだったでしょうか。
ごぞんじのとおりクリスマスは神の御子イエス・キリストの降誕祭です。クリスマス
キャロル「きよしこのよる」がきっかけになって、兵士たちが緊迫した敵意や戦争よ
りも、共にクリスマスを祝うことに導かれたのは、音楽の力だけではなく、生活に
根ざしたキリスト教信仰や文化的慣習のお蔭でもあるのでしょう。
聖書に記されているようにイエス・キリストは「隔ての壁である敵意を打ち壊し」
(エペソ人への手紙第2章14節)平和を実現するためにこの世に遣わされました。
その証が第一次世界大戦の史実の中にあったとは、何とすばらしい逸話でしょうか。
この絵本で鈴木まもるさんは、最初、兵士たちの苦しみや疲弊をモノクロの絵と心に
しみる文章で表現しています。敵国の兵士という理由で相手と戦わなければならない
のだとしたら、どんなに残酷で理不尽なことか、兵士たちの気持ちが痛いほど伝わっ
てきます。
天から与えられた自分のいのちは誰にとっても大事ですし、自分にも相手にも故郷が
あり家族もいる兵士たちが、どうして戦争など望むでしょうか。
ですから共にクリスマスを祝い、親しく話したりサッカーをしたり、敵ではなく友と
して触れ合った後は、戦場にあたたかな変化が起きたそうです。
本書の制作ノートに作者は「この絵本の、あとがきの絵を描いている時に、ロシアが
ウクライナに侵攻を始めました。また戦争を始める人間がいる現実に愕然としつつ、
戦争することよりも強い、人の優しさと想像力が描きたくて、絵を完成させました。」
という真摯な思いを記しています。
どうしたら戦争をやめることができるのか、その平和への強い希求が、絵本のフィナー
レに向かうにつれ鮮やかな色彩で表現されていきます。