主人公は「ぼく」。
子どもの頃のクリスマスイブに不思議なできごとがあった。
ぼくはサンタクロースがいると信じていたので、夜中に、耳を澄ませサンタのそりの
鈴の音を待っていた。ところが聴こえてきたのは汽車の止まる音。外には白い蒸気の
向こうに列車が見え、車掌が「みなさーん、ご乗車くださーい」と叫んでいる。その
汽車は北極点へ行く「急行『北極号』」だったのだ。車掌の差し出す手に 引っ張ら
れて、ぼくは「北極号」に乗り込んだ。
列車の中は、子どもたちでいっぱい。みんなパジャマやローブを着ている。
ぼくたちがクリスマスキャロルを歌い、ココアを飲んだりお菓子を食べてにぎや
かに過ごす中、「北極号」はごうごうと音を立てて暗い森を抜け、山を越え、猛
スピードで北極点へと向かった。
そこは、世界のてっぺんにあるとても大きな街なのだ。
サンタクロースがいて、クリスマスのおもちゃを作る工場があり、サンタの手伝いを
する何百人もの小人たちでいっぱいだ。
サンタは、子どもたちのだれか一人を選んでクリスマスプレゼントの第一号を手渡し
てくれるらしい。
「北極号」が停車すると、サンタのそりが見えた。トナカイたちが興奮して、引き具
についた銀の鈴を鳴らし、聞いたこともないほどすてきな音色を立てている。
その時、サンタクロースが近づいてきて、「この子に決めるとしよう」とぼくを指さ
した。そしてプレゼントに何がほしいのかと尋ねてくれたのだ。
ぼくが、トナカイの引き具についている鈴がほしいと答えると、サンタは小人に言い
つけて鈴を切り取らせ、「これがクリスマスプレゼントの第一号」と皆に見せた。
うれしくて、ぼくはそれをローブのポケットに大事にしまった。
ところが、「北極号」が帰途についた時、銀の鈴はなかった。ポケットに穴があいて
いたのだ。これほどがっかりしたことはない。しかし、汽車は家の前までぼくを送っ
てくれ、ぼくはつらい気持ちでみんなに別れを告げた。
さて、主人公はどんなクリスマスを迎えることになるのでしょうか。
本書は読者へのプレゼントのような絵本です。
村上春樹氏の訳文が歯切れ良く、作者オールズバーグさんのパステル画は幻想的であ
ると同時に写実的。表紙の「北極号」を見た時から、この汽車に乗ってみたいと熱望
する皆さんが多いのではないでしょうか。私もそのひとりです。
暗い夜を走り抜ける車内の楽しい喧騒。それとは逆に、こわいほど静まり返った狼た
ちの森。大自然と文明との共存がダイナミックに描写され、北極点の町でミステリア
スなファンタジーを展開します。
威厳とぬくもりに満ちたサンタクロース、そして無数の小人たち。
しかし「北極号」に乗車していた子どもたちの中から、「ぼく」はクリスマスプレゼ
ントの第一号に指名されたにもかかわらず、大切なプレゼントを失くしてしまうので
す。
その喪失感は、最初からもらえなかった失望感よりも大きいのではないでしょう か。
本書を子どもたちと一緒に読むと、この場面で彼らの落胆がずっしりと伝わってきま
す。しかしその喪失感こそが、この絵本のクリスマスを一層意味あるものにしてくれ
るのです。
少年には、いくつになってもトナカイの鈴の音が聞こえる者でありたいという願いが
ありました。サンタクロースに会えた証しがほしくて、すばらしいおもちゃよりも素
朴なトナカイの銀の鈴をプレゼントに頼んだのでしょう。その鈴の音が聴こえるかど
うかが試金石になっているのです。
たとえ他の人に聴こえなくても、彼の耳にすてきな鈴の音が届くかぎり、信じる心
が与えられ、サンタクロースとの絆も消えないのですから。
本書のすばらしいクリスマスとフィナーレにご期待ください。
この絵本は、映画「ポーラー・エクスプレス」(The Polar Express)の原作になって
います。
あなたも、どうぞすてきなクリスマスをお迎えください。🎄☆彡