12人の主人公のユーモラスで心あたたまる12冊の絵本集です。
最初に登場するのは、いやだいやだの「やだもん」。彼のおもしろさは、他の人から
の誘いや言葉かけに対して、ほとんど「やだもん」と答えるところでしょう。意思を言
語化できるようになった2歳児の中には、こんな子がいる、いる。でも「やだもん」の
返答にも、例外があって驚きます。
いたずらっこの「たずら」は、小犬の「ぺろ」や、小猫の「みゃー」にいたずらを仕
掛けておもしろがります。しかし彼は、いたずらの前にそれなりの準備をするのです。
時には、予想外の失敗もありますが、だからこそお話におもしろい展開があります。
わすれんぼうの「ぽっけ」を見ていると、何だか今の自分みたいだなと思います。で
も彼には、別の魅力もあるのです。その個性のバランスに、子どもと人間に対す
る作者の豊かな洞察力が感じられます。
ちらかしやの「ぽいっと」は、片付けずに遊び続けるので色々と弊害が出てきます。
でも、ちらかすのは子どもの属性でもあるので、「ぽいっと」に共感する子どもたちは
大勢いるでしょう。しかし教訓的な押し付けのないところが、この絵本の魅力です。
さて、がんばりやの「がんがん」は、何でも最後まであきらめずに一生懸命です。
でも時には、「ぺろ」や「みゃー」に出来ても、「がんがん」に出来ないこともあり
ます。その辺の肩の力の抜け具合や達成感も人気の秘訣でしょう。彼のがんばり
の源がどこにあるのかということにも、深い意味があります。
あと7人の魅力あふれる主人公についても、是非、本作でお楽しみください。
ここで、「こんなこいるかな」のアニメ誕生についてご紹介させていただきます。
有賀さんご自身の講演要約(平成29年度於桜蔭会講演&ワークショップ「伸
ばそう!二つのソウゾウリョク」)によれば、この作品は、NHKの二歳児テレビ番組研
究会での 研究成果を踏まえ、アニメとして制作されたそうです。発達心理学の立場
から、当時のお茶の水女子大学内田伸子先生も参画されていたとのこと。
「こんなこいるかな」には教育目標がありました。それは、世の中には色々な人がい
ること、人にはそれぞれ良さがあること、行動の特徴と同時に心理的な特徴があるこ
とを子どもたちに理解させるという、3点です。
制作のうえでは、アニメ一話につき、ひとつのキャラクターのみ登場させるストーリイ
であることが、求められました。
有賀さんは、12人の登場人物のキャラクター、つまり個性を際立たせるために試行錯
誤し、小犬の「ぺろ」と小猫の「みゃー」を誕生させ、ニュートラルな存在として設定
したそうです。ですから「ぺろ」と「みゃー」は、「こんなこいるかな」の隠れた主役
でもあるということです。
NHKでのアニメ放送が始まる前に、「いやだいやだのやだもん」や「いたずらっこのた
ずら」の試作版アニメが制作されました。そして、幼児の反応を観察するテストをお
こなったところ、結果的に「やだもん」や「たずら」が子どもたちの注視率で圧倒的な
支持を得たため、スタッフの皆さんも自信をもって、放送を開始したそうです。一話を
ひとつの個性に絞ったことで幼児が理解しやすく、好まれたのではないかと思われ
ます。その後、絵本も合計44タイトル次々刊行されました。
有賀さんは、現代の知育偏重主義、成果主義、行き過ぎた商業主義が子どもに及ぼ
す悪影響を憂慮されています。幼い時代ぐらいは、競争社会に巻き込まれず、大らかな
気持ちで子どもに寄り添ってあげてほしいと願われています。
そして、この作品では、比べない、叱らない、成果を求めないという『子どもの精神の
解放区』の表現を目指したのだそうです。
「こんなこいるかな」の歌詞にある、「きみがいるからおもしろい」というフレーズこ
そ、”一人ひとりの子どもが皆、主役”という意味を表しています。
「すべての子どもにそれぞれ素晴らしいところがある」、それが「こんなこいるかな」
のエッセンスなのです。
(参考資料:桜蔭会神奈川支部便り第46号抜粋より)
「こんなこいるかな」のお話には、大人が登場しません。そのことが、まず『子どもの
精神の解放区』になっているように私は思います。全作品の中で、すべての子が自分
らしく自由に遊んだり行動したり、お話ししたりしています。大人からの教訓的な教
えではなく、子どもどうしが気づきを伝え合うというところに、子ども一人ひとりの個
性を大切に見守る、有賀忍さんの大らかな視点が窺えます。
本書のあとがきの「作者の言葉」にも、子どもに「あるべき姿」を求めるよりも子ども
の「あるがままの姿」を長い目で見守っていきたいと書かれています。
有賀さんは、すばらしい画家、絵本作家、教育者でいらっしゃるだけでなく、すべての
存在への深い優しさをお持ちです。
今回の集大成の絵本でも、主人公だけでなく細部に渡り、画面に登場するすべての
もの、どんな小さな虫にさえ愛情がこめられています。
絵本のページの角は丸くカットされ、ずっしりと厚めの本でも読者の手にまろやかであ
るよう配慮されています。まさに「読み聞かせにぴったり」の絵本ではないでしょう
か。