えほんのいずみ

創作童話「ねずみたちと音楽会」のあらすじや随想

 この創作童話について―認知症の方の読後感想に学ぶ

外村民彦・作

岩村和朗・画

出版社:佼成出版社

出版年月日:1981年9 月 1 日

絶版のため、図書館などでご覧ください。

   
 はじめに


   この創作童話に出会ったのは、認知症ケアのグループホーム「麦の家」の創設30年 

   記念誌「『ひとつぶ』の歩み」を最近、読ませていただいた時でした。

   「麦の家」の活動では4人の利用者さんに、創作童話『ねずみたちと音楽会』が読み 

   聞かせされたようですが、読後そのお年寄りたちの自由に語った感想がとてもユニー 

   クでピュアなことに心を動かされました。


 あらすじと随想


   お宮のそばにあるお百姓さんの米蔵には、ねずみたちがよく集まりました。

   美しい音楽の好きなミュータ、活発に遊ぶチュースケ、食いしん坊のドンキチ。3匹

   はとても仲良しでした。

   

   秋のある晩3匹は、蔵の中でセレナードを奏でるコオロギ四重奏団に出会います。2

   台のバイオリン、ビオラ、チェロで演奏する弦楽四重奏曲の美しいこと!もうすぐ秋の

   虫の音楽会が開かれるので、コオロギたちは、毎晩、熱心に練習に励みました。

   3匹のねずみも是非聴きに来てほしいと頼まれ、皆、音楽会がとても楽しみでした。

   

   ところが、音楽会前日、米蔵で米の盗み食いをしたドンキチが人間につかまってし

   まったのです。ねずみたちはこれ以上犠牲者が出ないようにと、音楽会当日、どの

   家族も急いで引っ越しをすることになりました。しかし、ミュータとチュースケは、

   コオロギ四重奏団との約束が気になって、なかなか親と一緒に逃げる気持ちになれま

   せん。

   そこで、ミュータは引っ越しのことを伝えるコオロギたちへの手紙をフクロウおじさ

   んに託しました。そして、遠くからチュースケと一緒にコオロギの演奏を応援し、終わ

   ると、手が痛くなるほど拍手したのです。

   

   本作では、人間につかまりそうな危機的場面でさえも、コオロギ四重奏団との約束を

   叶えようとする子ねずみと、力いっぱいの演奏で応えようとするコオロギとの友情が

   が印象的です。

   「早く逃げろ!」という親ねずみに従いたい気持ちと、コオロギたちとの約束を忘れ

   ずに果たしたい誠実な思いのはざまで、2匹の子ねずみは葛藤を募らせるのです。

   小さな読者さんたちも、最後までハラハラドキドキでしょう。

   

   ところで、画家岩村和朗さんの絵本は現在「14ひきのシリーズ」が大人気です。『14

   ひきのひっこし』『14ひきのあさごはん』などはロングセラーですが、そのねずみた

   ちを彷彿とさせる絵のルーツが、この作品で楽しめます。

   
   
 随想とまとめ


   「麦の家」で本作を読んだ後のお年寄りたちの感想はどのようなものだったのでしょ 

   うか。(記念誌P42~43) 

   最初は「ねずみは米をかじるよ」「イモも食べる」「石鹸をかじる。ピンクの石鹼を

   かじると、ねずみの歯もピンク色になって、びっくりしてるよ」「屋根裏でばたばた 

   走るよ、運動場みたいに大きな音たてるよ」などとねずみについての話題で盛り上が 

   りました。

   しかし、つるさんという利用者さんは、「あのなん、ねずみにはねずみの道理があっ

   て、そのように生きとるの。かわいがってやるといい子になるの。悪い事しても 
  
   『いい子でおれよ』というんだに。みなさん、お話せんもんでだめだに」と話した

   そうです。

   「ねずみにはねずみの道理がある」という客観的で相対的な思考ができるのは、何と 

   すばらしいことでしょうか。人間は人間の一方的な道理で、ねずみを捕えようとしま 

   すが、それが正しいとは限らないという訳です。 

   高齢者の中には、絵本に微妙な抵抗を示す方もいます。子どもだましの絵本など読む 

   ことを他の人に知られたくない、恥ずかしいという意識を持つ場合もあるようです。  

   ですから前記の本作読後の率直でピュアな感想は、「麦の家」設立者松本栄二氏が 

   述べたように「認知症はすばらしい病。建前と本音を使い分けることなく、幼子のよう 

   な人間性がもろに出る」という面を表しているのかもしれません。 

   

   創設者の上智大学名誉教授故・松本栄二氏は、ソーシャル・グループワークの第一人 
 
   者であり、実習教育の礎を築いた教育者でもありました。 

   社会福祉法人「麦の家」は、聖書の聖句「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一 

   粒のままです。しかし、死ぬなら、豊かな実を結びます」(ヨハネの福音書12章 

   24節)を礎とし、社会福祉実践共同体をめざして創設されました。 
      
   

   創設前から共に尽力してこられた現在の常務理事山名敦子さんは、今年発行された30 
 
   年記念誌「『ひとつぶ』の歩み」について、「この記念誌は認知症を持つ老人のユーモ 

   ア、老いゆく『明らめ』を生きる日常をお伝えし、私たちが学ぶよすがとしたいと 
 
   願ったものです」と紹介しています。 

   麦の家ホームページ https://www.muginoie.or.jp
   
      
   
   社会福祉法人麦の家 創設30年をかえりみて 
   
   「ひとつぶ」の歩み

  

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