パンが大好き、パンどろぼう。どこかお茶目で憎めない。
おいしいパンを盗んでは“ん~、おいしい。ああ、やめられない!”と、至福のひと
ときにひたります。どろぼうするのを悪いとも思わない、やんちゃぶりです。
ところが、世界一おいしいはずだった「もりのぱんや」のパンは、期待はずれのまず
さでした。しかし、そのまずさゆえに、すばらしい結末を生み出すのです。
辛辣な文句をつけに来たどろぼうに対して、このパン屋のおじさんは、予想外の対
応をしました。怒るどころか、“わたしもおいしくないパンをつくって悪かった
が・・”と前置きをし、こっそり盗むことの良し悪しの認識と共に、パンどろぼうに
とっても、益になる方策を提案したのです。遊びから、自己実現の認識へと
導く、何と愛に満ちた対応だったことでしょうか!
「もりのパン屋」のおじさんの自己受容力と包容力にも、ただ脱帽しかありません。
実は最近、私自身が欠点を息子に指摘され、激昂したことがあったので、この
パン屋のおじさんの言葉は、深く身にしみました。
自分で自分の欠点をまずいと責めている時には、誰かに指摘されると、もっと責めら
れているように感じ、他者への攻撃スイッチを押してしまうようです。
しかし、「もりのパン屋」さんには、自分の作ったパンの不十分さを受け入れる謙
虚な認識力と度量がありました。本当の意味で、ありのままの自分を受け容れる、自
己肯定感が豊かだったのでしょう。
それゆえパンどろぼうは、このパンやさんとの出会いにより、今まで想像もしなかっ
た道が拓けたのですから、最高にラッキーだったに違いありません。
絵本はシンプルな文化財ですが、それだけに世代を超えて私たち読者に、ダイレクト
で瑞々しい気づきを与える最良の糧になれるのかもしれません。子どもたちが、この
ユーモラスで愛に満ちた絵本の大ファンである理由も納得できます。みつあみパン
やちくわパンなど、素朴なパンを編みだす笑顔のおじさんから、私自身も時に適った
大切な人生訓をいただき、この作品の大ファンになりました。