この昔話絵本の再話者・まきあつこさんのあとがきによれば、再話の源になったの
は、19世紀中頃にドイツ語で出版され、初めて2009年にチェコ語訳が出された『ボヘ
ミア地方の伝説』(ヨゼフ・ヴィルギル・グローマン著)という書籍だそうです。
「約150年というタイムトンネルを経て出版されたため、当時の姿をとどめていた」と
いわれます。
ヴォドニークという水の世界の魔物は、ロシアや東欧ではヴォジャノーイといわれて
きたそうですが、彼はチェコやボヘミア地方における河童のような存在でもあると、
絵本作家、絵本評論家の広松由希子さんも解説しています。(広松由希子のこの一冊
―絵本・2020年代―連載第7回 まきあつこ/文 降矢なな/絵『ヴォドニークの水の
館』web連載 2021・04・30)
この作品でヴォドニークは、娘を襲ったのではなく娘を救い、館の召使いとして働かせ
ました。ですから人間を溺れさせ、そのたましいを奪う恐ろしいだけの存在ではないよ
うです。
グリムの昔話「ラプンツェル」に登場する魔女は、分析心理学者ユングが提唱した、
母性の元型グレートマザーの力によってラプンツェルを塔に閉じ込めて育て、現実的
に自立させまいとしました。しかし、この昔話絵本のヴォドニークの父性は、館におい
てこの娘を心身共に成長させる面を持っていたように思えます。
召使いになった娘にヴォドニークが与える新しい民族衣装は、娘のそれまでと違った
生活や生き方を象徴するものでしょう。画家・降矢ななさんは、その衣装を実に丹念に
美しく表現しています。
水の館を掃除する度に掃き集められるゴミは、金の粒となり、娘の未来を支える報酬
になるとも読みとれます。また彼女は、たくさんの壺の並ぶ広間のストーブを管理す
る仕事も託されますが、結果的に、たましいの守り人の役割も果たすのではないで
しょうか。ヴォドニークはたましいの封印を娘に命じますが、娘はそれぞれのたまし
いの解放を望むように成長していくのです。
ですからこの昔話絵本では、魔物と主人公との命がけの勝負だけが展開するのではあ
りません。魔物に支配されつつも、そのすべてを糧として、主人公がやがて自立的な
意思を確立させ、現実化する成長へのプロセスが、豊かに表現されているように思
えてなりません。