えほんのいずみ

絵本「ヴォドニークの水の館」のあらすじや随想

この絵本についてー少女が不思議な魔物と出会う昔話絵本  

チェコのむかしばなし

まき あつこ 文

降矢なな 絵 

対象年齢:4歳頃~ 

出版社:BL出版 

出版年月日:2021年 3月29日

価格 1760 円(本体 1600 円)


   
 はじめに


   このチェコの昔話絵本には、ヴォドニークというボヘミア地方に語り継がれてきた水 

   の世界の魔物が登場します。再話者・まきあつこさんはチェコ、画家の降矢ななさんは 

   スロバキアに長く住まわれ、お二人はこの不思議なもののけの登場する昔話絵本の 

   出版を実現したいと願ってこられました。 

   緑色の燕尾服を着て、水底に住むヴォドニークは、恐ろしい面と同時に親切でいたず 

   らっぽい面もあわせ持つ存在のようです。

   この絵本には、『おっきょちゃんとかっぱ』(長谷川攝子作、福音館書店刊)に描か

   れた降矢さんの絵の場面を思い出す方もいるかもしれません。


 あらすじと随想


   昔、川のそばの小さな町に、とても貧しい家族が住んでいました。

   お母さんが子どもたちを養っていましたが、十分な食べ物が与えられず、子どもたち

   はいつもおなかをすかせていました。

   ある日、ひもじさのあまり、とうとう長女が家を出て、あてもなく川の岸辺を歩いて

   いきました。

   すると川に住む、ヴォドニークという水の世界の魔物が、娘の泣き声を聞きつけたの

   です。

   彼は、気まぐれに人間を水中に引き込んだり、おぼれさせたりする存在でした。

   しかしこの時、その魔物は、川に身を投げようとした娘をさらって、川底の水の館へ

   と連れ去りました。そして、おいしい食事や仕事を与え、水の館の召使いにさせたので
   
   す。
 
   その館は立派で、広間には、たくさんの不思議な壺が置いてありました。
 
   ヴォドニークは、娘に館の掃除を申しつけましたが、“どの壺の中も決して覗かない 

   ように!覗いたらただではおかない!”と厳しく禁じました。多くの神話や昔話に
   
   タブーが存在するように。
   
   彼女はヴォドニークの用意した新しい服を着て、毎日、館をきれいに掃除しました。

   すると、集められたゴミは金のツブに変わり、少女のものになりました。

   ところが、ある日、娘は広間の壺のひとつに、川で溺れた弟のたましいが入っている

   ことに気づいたのです。たまらなくなり、少しだけ蓋をあけると、弟のたましいは自

   由になり、外へ飛びだしました。

   その時、娘のしたことに気づいたヴォドニークは激怒し、“もし、今度壺を開けるよ

   うなことをしたら、命はない!”と、脅したのです。

   やがて、娘は帰郷を望むようになりました。しかし壺に閉じ込められたままのたくさ

   んのたましいのことも気にかかりました。

   さて、娘はヴォドニークの水の館から逃れることができるのでしょうか。

   表紙の絵のように、この作品は、降矢ななさんの透明感あふれる、青く美しい水底の

   世界が幻想的です。水の世界の魔物ヴォドニークとのハラハラドキドキする物語展開

   を是非絵本でご覧ください。

   
   
 随想とまとめ


   この昔話絵本の再話者・まきあつこさんのあとがきによれば、再話の源になったの

   は、19世紀中頃にドイツ語で出版され、初めて2009年にチェコ語訳が出された『ボヘ 
 
   ミア地方の伝説』(ヨゼフ・ヴィルギル・グローマン著)という書籍だそうです。 

   「約150年というタイムトンネルを経て出版されたため、当時の姿をとどめていた」と 

   いわれます。

   ヴォドニークという水の世界の魔物は、ロシアや東欧ではヴォジャノーイといわれて 

   きたそうですが、彼はチェコやボヘミア地方における河童のような存在でもあると、

   絵本作家、絵本評論家の広松由希子さんも解説しています。(広松由希子のこの一冊 

   ―絵本・2020年代―連載第7回 まきあつこ/文 降矢なな/絵『ヴォドニークの水の

   館』web連載 2021・04・30)

   
  
   この作品でヴォドニークは、娘を襲ったのではなく娘を救い、館の召使いとして働かせ

   ました。ですから人間を溺れさせ、そのたましいを奪う恐ろしいだけの存在ではないよ 

   うです。 

   グリムの昔話「ラプンツェル」に登場する魔女は、分析心理学者ユングが提唱した、

   母性の元型グレートマザーの力によってラプンツェルを塔に閉じ込めて育て、現実的 

   に自立させまいとしました。しかし、この昔話絵本のヴォドニークの父性は、館におい 

   てこの娘を心身共に成長させる面を持っていたように思えます。 

   
 
   召使いになった娘にヴォドニークが与える新しい民族衣装は、娘のそれまでと違った 
 
   生活や生き方を象徴するものでしょう。画家・降矢ななさんは、その衣装を実に丹念に 

   美しく表現しています。  

   水の館を掃除する度に掃き集められるゴミは、金の粒となり、娘の未来を支える報酬 

   になるとも読みとれます。また彼女は、たくさんの壺の並ぶ広間のストーブを管理す 
      
   る仕事も託されますが、結果的に、たましいの守り人の役割も果たすのではないで

   しょうか。ヴォドニークはたましいの封印を娘に命じますが、娘はそれぞれのたまし 
      
   いの解放を望むように成長していくのです。  
 
   ですからこの昔話絵本では、魔物と主人公との命がけの勝負だけが展開するのではあ 

   りません。魔物に支配されつつも、そのすべてを糧として、主人公がやがて自立的な 

   意思を確立させ、現実化する成長へのプロセスが、豊かに表現されているように思 

   えてなりません。 

   
         
   
      
  

  

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