アメリカの南北戦争のさなか、15歳の白人の少年セイは、ジョージア州の戦場で足に
深い傷を負い、草原に置き去りにされました。熱に浮かされ意識を失った彼を救った
のは、同じように北軍の部隊からはぐれた、黒人の少年ピンクでした。彼は渾身の力
でセイを支え、敵に見つからないように、長い道のりを自分の家まで連れて行ってく
れたのです。
その家でセイを介抱したのは、ピンクの母モー・モー・ベイでした。
彼女は、“おまえさんたち二人は、神さまが起こしなすった奇跡のおかげで、何日も
歩き続けて、ここにたどりついたのさ。これは奇跡なんだよ“と言いました。
ピンクの両親は、エイリー家に仕える黒人の奴隷でした。しかし、エイリー氏がピン
クに読み書きを教えてくれたおかげで、多くの本や聖書などに触れる機会があったの
です。
でも、彼は「奴隷として生まれると、苦しみが多い。しかし自分の本当の主人は、自
分以外にはいない」と言い、勇敢にも奴隷制解放を目指して北軍に入りました。
一方、白人のセイ少年は文字が読めませんでしたし、少し気弱だったのです。南北戦
争で負傷したのも、北軍からの脱走を企てた為でした。しかし、セイが唯一誇りとし
ていたのは、かつて奴隷制度廃止を実現しようとした、リンカーン大統領と握手をし
たことのある右手だったのです。そのことを知ると、モー・モー・ベイもピンクも目
を輝かせ、セイの右手を握ったのでした。まるでリンカーンから力をもらうかのよう
に。
やがて、セイの怪我は回復しますが、ピンクの家族と共に潜んでいた家が南軍に見つ
かり、母親のモーモー・ベイは息子とセイをかばって、敵兵に殺されてしまいまし
た。しかし、逃げのびたセイとピンクも捕虜収容所送りになります。悲しいことに、
ピンクは黒人ゆえに、そこで命を絶たれてしまいました。セイは、生き延び、使命を
果たそうとしたのです。
それはどんな使命だったのでしょうか。
熱い意味のこめられたこの絵本で、是非ご覧ください。
この作品の訳者あとがきによれば、作品の舞台は、1861年~1865年まで続いたアメリ
カの南北戦争です。さまざまな要因のからまり合った複雑な戦争でしたが、中心に
あったのは、奴隷制度廃止をめぐるものでした。そのために、同じアメリカの諸州が
二つに分かれ、アメリカ人同士が血を流して戦ったのです。
主人公の黒人ピンクと白人セイは、アメリカの奴隷制廃止を目指すリンカーン大統領
率いる、北軍の兵士でした。15歳にして、すでに兵士だったのです。
しかし、二人の戦争への参加動機には、大きな違いがありました。
ピンクは、南部のジョージア州で奴隷の子どもとして育ちました。奴隷制度を「病気」
と捉え、北軍が勝利してこそ病気と差別から解放されることを信じ、北軍の兵士とし
て戦ったのです。
一方、セイには勝利を目指さなければならない特別な理由はなく、むしろ二度と戦場
に戻りたくない思いさえあったのです。
ですから、ある晩、セイはその思いをモー・モー・ベイに打ち明けました。“自分は
ピンクのように勇敢ではない。臆病者の脱走兵であり、死にたくない。”と。
すると、モー・モー・ベイは、“勇敢だということは、こわさを感じないという意味
ではない。人はいつかは死ぬ。けれど、その時がきたら、神さまがハチドリをつかわ
してくださる。ハチドリが、おまえさんの魂を天国まで導いてくださるのさ。ぼう
や、ハチドリはこわくないだろ?”と、セイを温かく励ましてくれたのです。
無償の愛でピンクとセイを敵兵から守ろうとするモー・モー・ベイには、何ものにも
代えがたい、神への篤い信仰心がありました。
その後、ピンクとセイが南軍の手に落ち、捕虜収容所に連れていかれると、ピンクは
引き離される間際まで、セイの右手を握って離しませんでした。リンカーンと握手し
たセイの右手は、ピンクにとってどれほど頼りになったでしょうか。その握手は、ふ
たりの友愛の証でもありました。セイにとっては、ピンクの分も使命を受け継いでゆ
く、無言の約束の徴となったのかもしれません。
そしてその約束は、セイから5代目のパトリシア・ポラッコによって、本作として実
を結びました。
ところで、南北戦争は北軍が勝利し、奴隷制廃止は成し遂げられました。しかし黒人
差別問題は今もなくなりません。
と同時に、どれほど高邁な志があっても、戦争では多くの命が失われ、大きな犠牲が
伴います。戦争の痛ましさ、悲惨な現実をもこの作品は伝えているように思えてなり
ません。
しかし、この実話絵本では、それを凌駕して余りある、愛に満ちた出会いと別れとが
描かれています。そして、これからも本作とその読者によって、ピンクとセイの物語
は、語り継がれていくことでしょう。