えほんのいずみ

絵本「くよくよしてもしかたがない!」のあらすじや随想

 この絵本について―仕事をとりかえっこした、
           ある夫婦の昔話
                                                                 

再話・絵:ワンダ・ガアグ
 
訳:小宮 由

出版社:瑞雲社
   
発売日:2024年7月
       
定価:1650円

                         
 はじめに


   この絵本の原題は、“GONE IS GONE”です。1991年、最初に邦訳されたタイトルは 

   『すんだことはすんだこと』(ワンダ・ガアグ再話・絵、佐々木マキ訳、福音館書

   店刊)でした。しかし時を経て、今年2024年に、復刻された本作のタイトルは『くよ

   くよしてもしかたがない!』という新訳です。そしてどちらも、あるお百姓さん夫

   婦のユーモラスで真実を衝いた昔話が原話になっています。

   ですから『しごとをとりかえた だんなさん』(ノルウェーの昔話 絵:ウィリアム・

   ウィスナー、訳:あきのしょういちろう、童話館出版)などの類話絵本もあります。

   
 あらすじと随想


   ずいぶん昔のお話です。フリッツルという名前のお百姓さんが、奥さんと娘の三人
 
   で暮らしていました。奥さんの名はリアシ、幼い娘の名はキンドリでした。この家

   では、1匹の愛犬や牝牛、山羊、豚などの家畜、それにたくさんのがちょうを飼ってい

   いました。

   
   
   さて、毎日、フリッツルは照りつけるお日さまの下で一生懸命野良仕事をしました。畑
   
   を耕して種まきをし、作物を育てたり、家畜に食べさせる牧草を刈り取ったりしたので
     
   す。一方、奥さんの仕事は、育児と家事と家畜の世話でした。二人とも大忙しで一生懸
   
   命働きました。
   
   ところが、ある暑い日の夕方、帰宅したフリッツルは、汗をふきふき、リアシに向かっ

   て言ったのです。“あー、疲れた!おめぇの仕事は楽でいいなあ!男の仕事の大変さな
                       
   どわからないだろう”

   するとリアシはムッとして、“ちっとも楽じゃありませんよ。・・・でも、そう思う

   なら、明日、仕事をとりかえてみようじゃないの”と答えたのです。

   

   そして翌朝早く、リアシは時間を無駄にするまいと、夜明けから片手に大きな水筒

   を持ち、草刈鎌を肩にかけて野良仕事に出かけました。 

   一方、フリッツルはいつもと違って娘や犬のそばでのんびりと、ソーセージを炒め始

   めました。それからニヤニヤとビールのことを思い浮かべ、ビール樽の置いてある地

   下室へ行ったのです。ところが、その間に犬がソーセージを盗んでいったので、大あ

   わてで追いかけました。その時彼が、ビール樽の栓をしめ忘れたために、地下室には

   ビールがあふれ出しました。“やれやれ、おきちまったことだ。くよくよしても、し
  
   かたがねぇ”と言いながら、後始末もままなりませんでした。 

   さらに、娘の面倒を見ながらバターを作り、牛に水をやり、牧草も食べさせなければ

   なりません。次から次へと仕事が待っていました。そこで、彼は牛を牧草地に連れて
       
   行く代わりに、牧草のいっぱい生えている、土とコケの、自宅の屋根へ連れて登った

   のです。すると牛は、屋根に生えている牧草を夢中で食べ始めました。
       
   ところが、フリッツルがバター作りに戻ってみると、キンドリがバターの桶によじ登
       
   り、桶が倒れて、クリームまみれになっていたのです。“やれやれ、おきちまったこ

   とだ。くよくよしても、しかたがねぇ”
  
   彼は娘の世話をし、今度は、お昼を食べに戻ってくる奥さんのために、大急ぎで裏

   の畑から野菜を採ってくると、スープを作り始めました。ところが、畑の柵を閉め

   忘れたので、家畜たちが畑に入り込み、野菜を食べ尽くしてしまったのです。
       
   

   さて、お昼に戻った奥さんは、地下室や娘の惨状、屋根にぶら下がった牛、おまけに
       
   スープなべの中に、フリッツルが落ちてきたのを見て、あきれて言いました。

   “これが、おまえさんの家事のやりかたっていうわけ?”

   すると、フリッツルは答えました。“リアシの言ったとおりだよ。おめぇさんの仕事
  
   はちっとも楽じゃなかった!”

   さて、仕事を取りかえたフリッツル夫妻は、その後、どうなったでしょうか?

   出版されたばかりの本作で是非お楽しみください。
       
   
       
   
   

 随想とまとめ
  

   この作品では、どの場面も、リアルに何かが起こりそうな瞬間をとらえて絵が描か

   れ、危機感とユーモアに満ちています。その危機感とユーモアが、私たち読者を愉快

   な驚きと貴重な気づきへと導いてくれるのではないでしょうか。

    感情的になりやすい私にとっては(笑)、大きな学びの得られた作品でした。

   まず、”おまえの仕事は楽でいいなぁ”と言われた時点で、奥さんは、ムッとしなが

   らも「そう思うなら、明日から仕事を取りかえてみようじゃないの」とウイットに富

   んだ解決方法を示しました。

   無駄な口喧嘩を避け、「済んだことは済んだこと」として、折々に機嫌良く、コトを収
   
   める知恵にも感動します。 

   お昼にフリッツルが、「元の仕事がいい」と言い出した時の、リアシの寛容でゆとりに

   満ちた反論にも、コミュニケーションの極意が秘められているように思いました。

    

   現代はダブルインカムの世帯も多く、夫と妻の仕事がフリッツルとリアシのように、

   明確に分かれていないことも多いでしょう。現役世代の男性が、フリッツルほど家事

   や育児に参加しない家は、少ないといっても良いのではないでしょうか。

   

   次にご紹介するのは、夫婦の役割分担例ではありませんが、認知症の高齢者が昔の仕事
                                                                
   を思い出して、みごとにこなした貴重な例です。

   20年ほど前の話ですが、私の友人のお祖母様が認知症になり、「サイフがない、サイ

   フがない、隣の家の人にサイフを盗られた」と騒ぐようになりました。物忘れもひど
           
   くなり、同居するご家族はかなり困惑していました。そのお宅は畑を持っていた 
 
   ので、野菜は自給自足でしたが、お祖母様は、もう庭続きの畑に出ることもなく、  
   
   毎日、ボーっと過ごすことが多くなってきたということでした。

   ところが、友人のお父さん、つまりお祖母様の息子さんが足の手術のために入院をす

   ることになり、家中に緊張が走った時、お祖母様の認知症が一時的に治ったそうなの

   です。家族が忙しくなったのだから、自分も何かしなければと思ったようで、お祖母様 

   は、畑の作物を取ってきて、調理を始め、鍋いっぱいにおいしい煮物を作ったというの

   です。「こんな時におばあちゃんの認知症が治ったから、びっくりした!」と、友人は 
   
   喜びました。

   でも、お父さんの足が治り退院してきたら、またお祖母様の物忘れも戻ってしまった 

   そうです。家族の窮状を察し、自分の役割を自覚した時に、認知が変わる場合もある

   のかもしれません。
 
   昔とった杵柄は、いざという時に役に立つことも多いのでしょう。

   それも、役割自覚の問題かもしれません。ですから、必要に応じて、くよくよせず

   に、新しい役割や仕事を学ぶのも有益なことでしょうし、必要のない時には、今

   の仕事と役割に感謝すれば良いのでしょう。

   

   

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