さて、主人公のじゃがいも、じゃがさんと、さつまいものさつまさんは、いもすけ団
地に住む、有名なものぐさコンビでした。台所は洗いものの食器でいっぱい。紙屑か
ごもゴミでいっぱい。最初の場面から、二人の愉快なものぐさぶりが見てとれます。
ある日、二人は、おなかがすいたので、「来々軒」に電話してラーメンとカレーライ
スの出前を頼みました。そのあと、「ぎんずし」にお寿司を、「てんきち」に天丼も
頼んだのです。すると、まもなく「来々軒」から出前が届きました。
ところが、驚いたことに、届いたお皿と丼ぶりにはラーメンやカレーが入っているど
ころか、中身は空っぽでした。そしてお皿と丼ぶりは、じゃがさんとさつまさん
に、“今日はごちそうしてくださるそうで”と言い、ラーメンとカレーライスを
作ってくれるようにリクエストしたのです。
“えーっ!?”と驚くじゃがさんとさつまさん!”何故、注文主が作らなきゃなら
ないの?”という理不尽な反発が湧きました。
しかし、お皿と丼ぶりは空っぽですから、おなかがすいて動けない状態です。
そこで、仕方なくじゃがさん達は、“めんどくさいなぁ”と言いながら、嫌々お皿
と丼ぶりのために、ラーメンとカレーライスを作りました!
するとそれを食べた彼らは“こりゃあ、まずい!作り直してください!”と、厚かま
しく言い放ったのです。
そこで悔しくなった、じゃがさんたちは、ねじり鉢巻きをし、頑張って作り直しま
した。するとお皿と丼ぶりは“今度は、おいしい!頑張りましたね!”と褒めてくれ
たのです。
こうしておなかがいっぱいになったお皿と丼ぶりは奮起し、不思議な呪文を唱えて、
今度はじゃがさん達のために、ジャ、ジャ、ジャーンと魔法のパワーで、ラーメンと
カレーを作ってくれました。そのおいしかったこと!!
ところが、そこへ誰かがやって来ました。さて、それは、誰だったのでしょうか?
またまた、愉快な展開になりそうです!
是非『ふしぎなでまえ』を絵本でお楽しみください。
きっと大人の読者さんも、笑いをこらえるのが、むずかしいでしょう。
この絵本のおもしろさは、登場人物が全部、食べ物に関係しているところです。
日常的で身近な食物や食器という、子どもたちにとって興味のあるモノであることが、
まず挙げられるでしょう。そうした親しみやすいモノがおもしろおかしく擬人化さ
れ、思いがけないストーリィ展開をするところに、この絵本の大きな魅力があると思
います。
出前というのは、出来上がった料理を宅配してくれる昔からの嬉しいサービスで
す。
配達されると、すぐに食べられる便利さ、有難さがありますが、意外や意外、この
絵本ではオカモチに入って来たのが、何と空の食器だったのです。擬人化された彼ら
の、何と表情の豊かなことでしょう。どの場面も思わず笑いが込み上げます。
しかも、ものぐさな主人公が、食器たちのために食べ物を作ってあげなければならな
い展開ですので、とんでもないあべこべです。
そのうえ面倒くさいなぁと作った料理は、“まずい!”と罵られ、作り直しを強いら
れます。そうしたプロセスで、読者の子どもたちは、理不尽な忍耐や頑張りを、むし
ろ面白おかしく追体験したり俯瞰できるのです。しかし奮起して作ったやり直し後
は、食器たちに“おいしい!”と絶賛されます。しかも普段は食器であるお皿と丼ぶ
りが料理を食べる時の、ユニークな表情の面白さといったら、ありません。これぞ
「かがくいワールド」です!
褒められたじゃがさん達のうれしそうな照れの表情も、格別です。
その後、お皿と丼ぶりが、じゃがさん達に不思議な魔法でカレーとラーメンを作る場
面の迫力のすばらしさ!そして、その料理のおいしかったこと!
“出前って、大変なんだね”
という、調理へのさりげない労いと感謝の気づきも、俯瞰的な面を持つこの絵
本ならではの魅力ではないでしょうか。
ところで、かがくい氏の作品には『がまんのケーキ』という絵本もあります。
こちらも、待つという「忍耐」をコミカルな絵と心にしみる言葉でストーリィ
化した、 グッとくる作品です。
子ども達の日常は、衝動的で素早い行動も多いものです。面倒くさいことはやりたく
ない!でも、美味しいものはすぐに食べたい!しかし、何とかがまんして待たなけ
ればならないこともある!
そのような、子どもたちの情動と日常に寄り添いながら、さまざまな感情を笑いに
包んで俯瞰したり、追体験させてくれるのが、かがくい氏の絵本です。忍耐も頑張り
も、教訓以上に笑いの中で、むしろ面白くじんわりと体験できる世界です。
大人の皆さんも子どもたちと一緒に、本音の「内なる子ども」心を面白がり、解放で
きるのではないでしょうか。
さて今秋、2024年9月14日~11月4日まで、八王子市夢美術館で、没後初の関東での
大回顧展といわれる「日本中の子どもたちを笑顔にした 絵本作家 かがくい
ひろしの世界展」が開かれています。子どもに笑いと元気を届ける絵本の原画の
他、80冊もの創作アイデアノート、長年、障がい児教育の現場で生まれた、生徒
さん一人ひとりに合わせた教材や、興味深い貴重な資料なども展示されています。
絵本だけではなく、かがくい氏の多面的な魅力により深く迫る、何よりの機会
だと実感できるのではないではないでしょうか。