家族と一緒に暮らす人にとっても、ひとりで暮らす人にとっても、特におとなが、
大きな感動を味わえる作品だと思います。
まず、絵本『つみきのいえ』から。
やさしいクリーム色を基調とした水彩画で、ひとりの老人の人生が描かれています。
このおじいさんは、海の中の町に住んでいました。あふれる海水で家が水没するた
め、上へ上へと積み木のように家を建て増して、暮らしてきたのです。海の中にも
町があって、町の人たちは次々に引っ越して行きましたが、彼だけは決してよそに
移ろうとしませんでした。
妻を亡くして三年目、屋上で、にわとりを飼い、パンを作る小麦も育てていました。
時々、友だちとチェスをしたり、遠くに住む子どもたちからの手紙を読んだりする
のも楽しみでした。
ところが、冬のある日、また家の床まで海水が上がってきてしまったのです。おじ
いさんは、「やれやれ・・」と新しい家を屋上に建て増すことにしました。
しかし、家作りの最中に、大工道具を海の中に落としてしまったのです。あわて
て、潜水服に身を包み、捜しに行くと、海の下の家に落ちていました。
そこは、長年、妻と一緒に暮らしたなつかしい家。妻の病床を看取った最期の部屋
でした。彼女が亡くなる時、おじいさんは、ずっと手をにぎっていたのです。
彼は、さらに下へ下へと潜っていきました。すると、そこには歴代の家がみな残っ
ていて、妻や家族とのかけがえのない思い出が胸に迫りました。思い出の家は、つ
みきのように積み重なっていたのです。
やがて、春になり、新しい家ができた時、おじいさんは・・・。
ところで、DVD『つみきのいえ』のストーリーは、絵本とほぼ同じですが、結末、そ
しておじいさんが海中に落としたものが、絵本と大きく異なっています。
新居に引っ越す時、おじいさんが落としたのは、愛用のパイプでした。
おじいさんにとって、それは体の一部といっても良いもの。
やがて、パイプが下の家で見つかった時、妻の記憶が鮮明によみがえるのです。
それは、妻のなにげない動作。腰をかがめて、夫のパイプを拾い、手渡すあたた
かさ。また、場面は違いますが、娘が初めてフィアンセを連れてきた時、彼と夫と
をとりなす心づかい。こうした動作にこもった愛情は、映像だから表現できるもの
でしょう。
話は戻りますが、絵本でおじいさんが海中に落としたものは、大工道具でした。つ
まり未来の住まいを築くのに、必要なもの。それが見つかったあと、家族とのなつ
かしい思い出があふれるようによみがえるのです。
絵本は、DVDのように画面が動かない代わりに、読みたい時に読みたい場面を、
自分に合わせて繰り返し味わえる良さがあるでしょう。
特に、絵本では、現在から未来へと生きるおじいさんの自立した前向きな姿に励ま
されます。
DVDの方では、妻と初めて建てた家で見つけたワイングラスを、海中から新居へ持
ち帰り、これからの人生も、愛する亡き妻と共に生きていこうとするおじいさん
が、実にチャーミングです。
そのような訳で、DVDと絵本の両方で、おじいさんと家族との懐かしい思い出が、
私たち読者の糧となり、「今」という時を豊かに生きる力がもらえると思います。
意外にも、今、生きていること、生かされていることの意味は、今は気づかないこ
とがあります。しかし、この作品のように、思い出の積み重ねやその重みを第三者
として味わうことによって、改めて今という時の意味や感謝が深まる気がします。