昔、恐竜の中で最強なのは、大きくて凶暴なティラノサウルスでした。彼は、この世
で力の強い者が一番だと思い、他の恐竜をいじめ尽くしました。
しかし年をとると、立場は逆転したのです。
小さなマシアカサウルスに尻尾を噛まれるような情けない状態になり、ついにひっ
そりと旅に出ました。
歩き疲れた時、小さくておいしそうなトリケラトプスの子どもを見つけたので、すぐ
に襲おうとしましたが、しっぽの傷が痛んで起き上がれません。
するとその子は、相手が誰かも知らずに「おじさん、しっぽがまっかにはれているけ
れど、だいじょうぶ?」と、心配してさすってくれました。そして、こんなところで
寝ていたら、強いタルボサウルスに食べられてしまう、と言うのです。
ティラノサウルスは、思わず「タルボサウルスって、つよいのか」と聞きました。す
ると、すごく強い。でも一番強いのはティラノサウルスと言われ、うれしくてたまり
ませんでした。
しかし、いつもの癖でその子を食べようとすると、無邪気に、自分の友だちに会って
ほしいというのです。
ティラノサウルスが、内心、ごちそうにありつけるぞ!と喜んでいるとも知らず、沢
山のトリケラトプスの子どもたちが、大歓迎してくれました。そしてみんなは、ティ
ラノサウルスを草食恐竜ラブドドンと勘違いし、抱きついたり甘えたり。
しかし、尻尾のけがに気がつくと、「おじさん、こんなにひどいけが。だいじょ
うぶ?」と優しく介抱してくれたうえ、早く治るように赤い木の実を落として食べさ
せようと、みんなが小さい体でその大きな木に体当たりし始めたのです。
今まで強いのが一番と思ってきたティラノサウルスは、子どもたちの優しさに泣けて
きました。
その時、大きくて強いギガノサウルスが現れ、トリケラトプスの子どもたちに襲いか
かったのです。
老いたティラノサウルスは子どもたち全員を抱きしめ、反撃せずに全力で守り抜きま
した。
その後、ティラノサウルスはどうなったでしょうか。
力の強さにまさる大切なものについても知りたいところです。
さて、この世で力を誇る強者は、意外と、自分より強い者にいつ倒されるかという不
安を抱えているのかもしれません。
しかし幼な子は、相手がどんな人であろうと、その弱さや傷に対して、純粋に思いや
りを示すことがあります。
私も以前、病児保育をした時、高熱を出している2歳のみっちゃんが、私の指のバン
ドエイドに気づき、「指、けがしたの?大丈夫?痛いの、痛いの、とんでけ-」と
言ってくれたことがあります。その優しさに私の方がホロッと心癒されました。
できたら、弱さは隠しておきたいところですが、実は宝になる可能性もあります。
なぜなら、本書でも、あの最強のティラノサウルスの弱さが、トリケラトプスの子ど
もたちの優しさを引き出しました。
さらに幼な子の健気さと思いやりが、老いたティラノサウルスに勇気を与え、戦わず
に彼らを守るという犠牲的な慈愛を引き出したのです。
すなわち、強さは、何ができるとか何番目にすぐれているなどの、行為にかかわるた
め、信頼と同時に、周囲の羨望や防御、依存などを引き出しがちですが、他者の弱さ
は、痛みへの共感性や優しさをはぐくむ可能性もあります。
人は、自分自身の弱さを責めがちですが、大いなる存在や人の愛に触れた時に初め
て、自分の弱さを受け容れ、他者を愛するエネルギーが得られるのかもしれません。
このティラノサウルスのように。
現在はコロナ禍にあり、外出自粛が要請される非常時。
多くの人が、長い時間を自宅で過ごさなければならず、おとなも子どももストレスで
いっぱいになりがちです。
共にコロナウイルスと戦う戦士ではあっても、おとながいつも強く完璧なわけではあ
りません。
家族は距離が近いために、お互いにストレスをため込んで不安定になることも多いで
すが、日常の中で心して使う、「ありがとう」や「ごめんね」という小さな言葉の大
きなぬくもりが、家族関係を和ませることを改めて感じるこの頃です。