むかしむかし、あるところに、ちょうふくやまといって、恐ろしい山んばが住むとい
われる、高い山がありました。
ある年の秋、月のきれいな晩に村人たちが月見をしていると、にわかに空が曇り、あ
たりが嵐のように荒れ狂いました。
そして“ちょうふくやまの山んばが子ども産んだで 餅ついてこう。ついてこねば、人
も馬も食い殺すどお!”という何やら得体のしれない暴れん坊の声が轟いたのです。
村人たちは肝をつぶし、夜が明けると村中で餅をつき、山んばのところへ届けること
になりました。しかし、いったい誰が届けるのでしょう・・。
相談の結果、いつも威張っている力自慢の若者ふたりと、“あかざばんば”という七
十歳過ぎのばあさまが道案内をすることになったのです。
ところが、その道中、若者たちが恐れをなして逃げてしまったので、ばんばは一人き
りで山んばのところへ行かなければならなくなりました。
一瞬、くじけそうになりましたが、“自分まで逃げ帰ったら村の皆が食い殺されるか
もしれない。それでは申し訳がないし、自分ひとりが食い殺されれば済むことだか
ら”と考え直して、何とか山んばの家へたどり着いたのです。
しかし、すぐ帰るつもりだったところが、産後の山んばの世話を頼まれ、一難去っ
て、また一難!
最後までハラハラドキドキの連続ですが、ばんばの勇気と思いやりが、村に幸せをも
たらすことになるのです。
山んばは、「うまかたとやまんば」や「くわずにょうぼう」の昔話のように、人も馬
も呑み込む恐しい存在に思えますが、ちょうふくやまの山んばには、呑み込むのでは
なく、大自然の生み出す力の豪快さがあります。
あかざばんばが村へ帰るときに山んばの持たせてくれたお礼の品も、山の守り神のよ
うな山んばの豊かな母性を象徴するようです。
しかし、村のことを慮って山んばのもとにひとりで出向き、心の中で山んばを恐れつ
つも、二十一日間、誠実に産後の世話をしたあかざばんばも、豊かな母ごころの持ち
主なのではないでしょうか。
その深い思いやりに山んばも心を動かされたのかもしれません。
ですから本書は、人のために尽くす、利他的で勇気ある“あかざばんば”のポジティ
ブな言葉に満ちています。
そのため、おとなも多くの気づきが得られますし、一緒に絵本を読む子どもたちも、
心を動かされるのでしょう。
本書は、作家・松谷さんの魅力あふれる民話の語り口、画家・瀬川さんのダイナミッ
クかつ繊細な絵と美しい色彩がかもしだす、おおらかな絵本です。
山んばの赤ん坊“がら”も生まれたばかりなのに、豪快な活躍をし、ユーモラスな雰
囲気を生みだしています。
きっと子どもたちもおとなの皆さんも、たっぷりと民話の世界が楽しめることでしょ
う。
ただ、とびきり恐い山んばの昔話を読みたい子どもたちにとっては、すこしイメージ
の違う絵本かもしれません。