本書の主人公は、小さな女の子。
秋のおわりの寒い日、その子は、村の一本道にろうせきで描かれた、石けりのまるい
輪を見つけました。山の方までどこまでも続く無数の石けりの輪。
その輪の中に入ると、体が軽くはずんで、石けりを始めたのです。
バス停のあたりまで来たとき、ほろほろと粉雪が降り始め、だんだんと激しくなって
きました。
気がつくと、前と後ろをたくさんの白いうさぎにはさまれ、片足、両足、トントント
ンと跳んでいる足を止めることができなくなっていたのです。
その時、昔、おばあさんから聞いた話を思い出しました。
初雪の降る日には、北の方から白いうさぎがどっとやってきて、雪を降らせ、その群
れにまきこまれたら、二度と帰れなくなると。
今、まさに自分が、そのうさぎにさらわれてゆくところなのだと、女の子は気づいた
のです。
しかし、止めたくても、うさぎにはさまれて、止まれません。
困り果てたとき、“よもぎ、よもぎ、春のよもぎ”とおまじないを唱えた子が、ひと
りだけ助かったと、おばあさんが言っていたことを思い出しました。
しかし、うさぎの歌につりこまれ、どうしてもおまじないを唱えることができませ
ん。「おばあちゃん、たすけて!」と心で叫んだ女の子。
その時、季節はずれのよもぎの葉を見つけ、励まされたように急になぞなぞを思いつ
きました。そして・・・。
雪を擬人化したうさぎの群れ。冬の大自然の脅威がみごとに非日常的な世界として表
現されています。
こみねゆらさんの絵が、不思議に恐い幻想的な雰囲気を盛り上げます。
本書では、急に雪に見舞われ立ち往生するこわさが、主人公の表情を通してみごとに
表現されています。読者にとっては、絵があるゆえに、主人公の立たされている状況
が一層よくわかります。
ところで、安房さんの幻想的な絵本では、『山のタンタラばあさん』や『うさぎのく
れたバレエシューズ』などにも“よもぎ”が登場します。
春の野に自生するよもぎ。そのかぐわしい香りは、寒さに耐えて越冬した種たちの力
強さを感じさせてくれます。まさに春のシンボルとして描かれるにふさわしい野草で
しょう。
この絵本でも主人公は、よもぎの葉の力に励まされ、うさぎたちから逃れる力を得
て、雪の縛りから解かれるのです。
つまり、薬草でもある”よもぎ”は、魔除けの役割も果たし、希望を象徴するものな
のではないでしょうか。
私にとっても、春の野に祖母と一緒によもぎ摘みに行き、そのあと草餅を作っても
らった懐かしくあたたかな思い出がよみがえります。
安房直子さんのファンタジーの魅力を是非この絵本で味わってみてください。