主人公はビロードの布でできたうさぎのぬいぐるみ。
一人のぼうやへのクリスマスプレゼントでした。
最初はお気に入りだったものの、すぐに他の贈りものに気をとられたぼうやは、その
ぬいぐるみのことを忘れてしまいます。
そこでうさぎは子ども部屋の隅っこでひっそり暮らし始めました。
そして、古びたやさしいウマのおもちゃに出会い、子どもに心から愛されたおもちゃ
は、ほんとうのものになるのだという、子ども部屋の魔法のことを教えてもらいまし
た。
やがて、うさぎは、ぼうやのかけがえのない友だちになります。
段々と体はボロボロにすり切れていきますが、周りの人たちには汚いおもちゃに見え
ても、ぼうやからは“おもちゃじゃなくて、ほんとうのうさぎだよ!”と言ってもら
い、心から幸せを感じました。
ところが、ある時うさぎは、ぼうやが大病を患ったので、献身的にぼうやに寄り添い
ますが、快復後、病原菌の巣として、処分されそうになってしまうのです。その時の
うさぎの悲しみはたとえようもないほど大きなものでした。
しかし、まさに時にかなって、子ども部屋に魔法が起き、ビロードのうさぎは、命あ
るほんとうのうさぎに変えられたのです。しかも・・
その後のハッピーエンドは是非絵本でご覧ください。
ところで、本書『ビロードのうさぎ』は、マージェリィ・W・ビアンコさん原作の、
日本で三番目にあたる絵本のようです。
画家である酒井さんのすばらしい絵の魅力が各場面にあふれています。
美しい自然の描写、ビロードのうさぎの繊細な表情の変化、ぼうやの子どもらしい華
奢なうなじ、うさぎと遊ぶあどけない動作などにも、幼いもの小さなものへの限りな
い愛情と慈しみが惜しみなく表現されています。
さらに、酒井さんの抄訳は物語のエッセンスを無駄のない筆致で豊かに描写していま
す。
ところで本書では、「ほんもの」「ほんとうのもの」という言葉がキーワードになっ
ているようです。
ほんもののおもちゃとは、子どもに愛され、子どもの心の中でかけがいのない存在に
なること。さらに子どもとのつらい別れが来た時、子ども部屋の魔法によって、現実
に命が与えられ、ほんとうのものになるというのです。
幼児は、アニミズムの感覚によって、すべてのモノ、人形なども命ある存在と捉えま
すが、実は人形類やぬいぐるみを親代わりにして、少しずつ自立に向かって心理的成
長を遂げていきます。
その結果、どんなにぬいぐるみや人形を愛していても、いつかは親(人形)離れし、
大切にしていたおもちゃからも卒業していくのでしょう。
ですからおもちゃの側からすれば、子どもに愛を注げば注ぐほど、子どもとのつらい
別れを体験することになるのかもしれません。
しかし、本書では、おもちゃとしての使命を果たし終えた時、それまで子どもに注い
だ尊い愛に対して、子ども部屋の魔法がはたらきます。それが、命あるほんとうのう
さぎに変えられるということなのではないでしょうか。
ごく幼い読者は、ビロードのうさぎとぼうやとの母子一体のようなかかわりが続くこ
とを願うのかもしれません。
しかし原作および本書は、「子ども」の心理的特性を見すえたうえで別れを設定し、
ぼうやにとってもビロードのうさぎにとっても、真の幸せを追求する結末が描かれて
いる気がします。
別れに際して、ふたりの喪失感は微妙に違いますが、処分されそうになったうさぎの
気持ちへの共感が深いほど、ほんとうのうさぎになるというフィナーレが、うれしい
結末なのかもしれません。
本書は比較的文章量が多いので、小集団の場合には小学生以上ですと、読み語りしや
すく感動的な絵本でしょう。
おとなの皆さんにとっても、きっと心にしみるほんものの絵本だと思います。