主人公は、表紙の少年の「わたし」。
森を育てる仕事をしていたおじいさんと一緒に、幼い頃から森の中を散策するのが好
きでした。「ぐぜり」という、幼鳥がさえずる練習をする声のことを教えてくれたの
もおじいさん。
そして父さんは森の木を使って、ヴァイオリンやチェロを作る楽器職人でした。
わたしは、工房で黙々と楽器を作るその背中を見て育ちました。
ある時、父の作った楽器を弾くチェリスト、パブロさんの演奏会に招待されて家族で
教会へ行き、その演奏のすばらしさに心を奪われます。
彼は、父さんの作ったチェロについて、“森を思わせ、弾けば弾くほど音が深くな
る”と絶賛したのです。
父さんはその後も、心をこめてていねいに楽器を作り続けました。
そしてわたしの誕生日に、“クリスマスには間に合わなかったけれど・・”と言っ
て、照れくさそうにプレゼントを渡してくれたのです。
それは、仕事のあとの夜の時間を寄せ集めるようにして作った、わたしのための子ど
も用のチェロでした。
紅茶のようにあったかい色のチェロ。
父さんは、わたしがパブロさんの演奏に魅せられたのに気づいていたのです。
それを弾きこなすのはたやすいことではなかったけれど、子ども時代に父に弾き方を
教わる腕の中で、わたしは自分自身がチェロになったような気がしました。
それからもずっとチェロを弾き続けましたが、わたしは演奏家や職人にはなりません
でした。
父の作ってくれたチェロが、「ぐぜり」のように音を響かせ、幼い演奏を育てていく
のを見守り続けています。
主人公が音楽に貢献した仕事については、是非絵本をご覧ください。
本書は、季節ごとの美しい森に音楽が溶け込み、チェロが森を奏でるかのような魅力
的な絵本です。
子ども以上におとなの皆さんが、きっとこの絵本の美しさに魅せられるでしょう。
その理由のひとつとして挙げられるのは、音楽の生まれ育つ感動的な過程が、美術感
あふれる絵本として表現されていることかもしれません。
音楽は、多くの人々を楽しませ、豊かに心を癒やしてくれます。
しかし実際には楽器を作る過程にも、聴き手に音楽が届くうえでも、本書が表現する
ように、果てしなく長い時間がかかるものです。
本書のチェロの場合、悠久ともいえる時間を森の中で過ごした、選りすぐりの木が、
楽器の母体になります。
その後、楽器職人によってチェロはていねいに作られますが、楽器を演奏する人がい
てこそ音楽は生まれるのです。
しかし、ひとりの演奏家が育つのに、どれほどの賜物や努力や時間を要するものかは
皆一人ひとり違うでしょう。
そして、主人公が示すように、音楽への貢献にも様々な道があるようです。
幼い日に主人公が父さんにしてもらったチェロ演奏の手ほどきの、ぬくもりに満ちて
いること!
チェロを宝もののように抱えてのレッスンは、楽器との一体感も親子の一体感もひと
しおでしょう。
本書では、主人公が祖父・父・本人という三世代の命の流れの中で、誕生し成長する
過程が描かれていますが、三人が「木」を共通項として、ゆるぎない愛情の帯でつな
がっている描写も感動的です。
この絵本は、チェロの巨匠パブロ・カザルスさんの奏でる朗々とした音色のように、
芸術の香り高い美しい作品でしょう。