主人公の女の子は、バレエ教室に通い始めてもう5年になるのにバレエが上手になら
ないので、お正月も誕生日も七夕さまにも、願いごとは「どうか、おどりがじょうず
になりますように」ということだけでした。
するとある朝、不思議な小包が届いたのです。
それはさくら色のバレエシューズで、<おどりがじょうずになりたいおじょうさんへ
山のくつや>とカードが入っていました。
履いてみると急に体が軽くなり、女の子は思わずかけ出しました。山の道をどこまで
も登っていくと、桜の木のうろに「山のくつや」がありました。
店主のうさぎのおじさんが彼女に靴を贈ってくれたのです。
彼女が訪ねていくと、うさぎは靴作りの手を休め“よく来たね”と迎えてくれまし
た。そして“これから急いで、バレエシューズを30足作らなきゃならないんだ。手伝
ってくれるかい”と問いかけました。
たくさんの作りかけの靴と道具で店の中はいっぱいです。
女の子は言われるままにリボンを切ったり、それをバレエシューズに縫いつけた
り・・。
すると完成したシューズを履きにきたのは、うさぎたちのバレエ団でした。
やがてバレエ団は緑の野原へ出て行き、音楽に合わせ軽やかに踊り始めたのです。思
わず女の子が“私も入れて!”とバレエに加わると、うさぎたちは踊りながら歓迎の
拍手をしてくれました。
バレリーナと一緒に踊る楽しさ!
夢中になって飛びあがり、一緒に走り、いつのまにか女の子の心も蝶や風や桜の花び
らになっていました。
気がつくと、辺りはうすむらさきの夕暮。
踊り続けてバレエシューズはもうボロボロになっていました。
しかし、女の子は・・。
「バレエが上手に踊れるように・・」という女の子の一途な願いが、彼女と読者を
ファンタジーの世界へと連れて行ってくれます。
どうしたら上達できるのか、現実から幻想の世界への架け橋となったのが、「山のく
つや」のうさぎが贈ってくれたバレエシューズ。
そして「くつや」と一緒にそのバレエシューズを作るという、地に足のついた体験
が、彼女の夢をいっそう高次のファンタジーへと招いてくれたのでしょう。
うさぎたちのバレエ団に加わって踊るチャンスが、与えられたのです。上達につなが
る要素が、ファンタジーの場面と重なって、主人公の夢の実現を手助けしてくれるか
のようです。
ですからやがては裸足でも踊れる力が、会得できたのかもしれません。
本書は、バレエだけではなくどんな分野でも、上達への願いを持つ女の子や女性たち
を、そっと励ましてくれる絵本ではないでしょうか。
特にフィナーレの場面の桜の美しさと文章のみごとさは圧巻です。
作者は他にも、うさぎのお店が登場する作品を創作しています。
こちらは絵本ではなく、『うさぎ屋のひみつ』(岩崎書店刊 現代の創作児童文学36所
収)という短編児童文学です。
「夕食配達サービスうさぎ屋」のうさぎと、夕食の宅配を頼む主婦が欲望を闘わせ、
面白いけれど意外に怖い安房ワールド。残念なことに現在は絶版になってしまっていま
すので、図書館などでお読みいただくと良いかもしれません。