荒れ果てた野原に岩だらけの高い山がぽつんとそびえていました。
とおい昔から、その岩山には、草も木も生えていなかったので、激しい陽の光や、雨
や雪の冷たさしか知らない山でした。
ところがある日、ジョイ(よろこび)という名の小鳥が、巣作りの旅の途中で岩山に
降り立ちました。
初めての来訪者に山はうれしくなって、“ずっとここにいてもらうわけにはいかない
かね”と頼みます。しかし、“小鳥は生きもの。ここには水も食べ物もないから、生
きものは住めないわ。いられるにしてもほんの一時です”と断られてしまいました。
ところが、“それじゃ、かならずまた来てほしい”と、心をこめて頼むと、ジョイは
答えました。
“今までどんな山も、また来てほしいなんて言ってくれたことはなかったわ。だから、
これからは毎年、必ず春にこの山に立ち寄りましょう”と。
ただ、果てしない時間を長生きできる岩山に比べて、小鳥のいのちは短いので、ジョ
イという名を代々、子孫の娘に受け継がせて、毎年この山を訪れ、歌を歌うという約
束をしてくれたのです。
しかし、ジョイを待ち焦がれるだけで動けない岩山は、年々別れが辛くなります。
そして百年目にジョイを見送った後、ついに山の心臓は悲しみのあまりに破裂し、涙
がほとばしり出ました。そして涙は川となり流れ続けたのです。
すると川から生まれた岩の割れ目に、ジョイは毎年タネをくわえてやって来ました。
その種は芽を吹き、やがて緑の草木となり、さらに何年も経つと、山の緑の蔭で動物
たちが生まれ育ったのです。
それに気づいた山は生きもののいのちに励まされ、彼らを心から応援するようになり
ました。
そして・・・。
読者の皆さんが待ち焦がれるすばらしいフィナーレは、是非、絵本を手にとってご覧
ください。
この絵本の原題は、“ THE MOUNTAIN THAT LOVED A BIRD ” です。
悠久の時間を過ごす岩山と小鳥の間には、時が経っても、決して互いを忘れないせつ
ないほどの友愛がありました。
本書のタイトルは『ことりをすきになった山』ですが、ひとりぼっちの岩山に愛され、
互いの願いを叶えるべく献身的に、子から孫へと代々約束を果たし続けたジョイも、
『山を愛した小鳥』といえるのではないでしょうか。
本書では、生きものの住めなかった山に川が流れ、緑が茂り、やがて動物たちも住め
るようになってゆく変化が子どもたちにも理解できるような壮大な友愛のストーリィ
に仕立てられていますが、作者アリスさんの文化人類学者としてのすばらしい想像力
と創造性におとなの皆さんも魅了されるでしょう。
山が悲しみのエネルギーでいっぱいになり、心臓が爆発し、涙がほとばしる場面は衝
撃的です。
しかも山が癒されたのは、小鳥のまいた種が少しずつ根を伸ばし、山のひびわれた心
臓のわれめをふさぎ、痛みを取り除いた時。これは、作者の地質学的な知識に基づく
表現なのかもしれませんが、悲しみの涙川が、やがて幸せの涙川になる変化は、きっ
と年齢を問わず読者の皆さんに大きな感動と希望を与えてくれるでしょう。
悠久の時間の中で、植物や動物、鉱物などの自然環境の共生の様子が一冊の美しい絵
本を通して味わえるのも、うれしいことです。
と同時に、実生活がスピーディになっている現代、この岩山と小鳥の物語を通して、
悠久の時間の果てしなさが追体験できるのは、貴重なことと思います。
私たち人間は、自然の摂理と共に生かされる限りあるいのちですが、自然の背後にあ
る神さまからの限りない恵みが、読後、新たに味わえるのではないでしょうか。