えほんのいずみ

絵本「おおきなかぶ」のあらすじや随想

 この絵本について―民話「おおきなかぶ」の
                原話から読み解けるもの
ロシア民話

再話:A.トルストイ再話

絵:佐藤忠良

訳者:内田莉莎子

出版社:福音館書店

出版年月:1966年6月20日

出版社の対象とする読者年齢:読んでもらうなら3歳~
              自分で読むなら小学低学年~

定価:990円(本体900円)

 
 はじめに


   本書は、アレクセイ・トルストイ(レフ・トルストイとは別人)によって再話された

   ロシア民話「かぶ」が、内田莉莎子さんの研ぎ澄まされた言葉、彫刻家佐藤忠良氏の

   すばらしい構図の画で絵本化された名作です。

   小学校一年生の国語の教科書に掲載されてきましたし、絵と文章が本書とは違っては

   いても、子ども時代にこの昔話に触れてきた方が大勢おられるでしょう。

   現在も子どもたちに楽しまれ、「うんとこしょ、どっこいしょ」というにぎやかな掛

   け声を誘っています。

   
   
 あらすじと随想


   おじいさんがかぶを植えました。

   「あまい あまい かぶになれ。 おおきな おおきな かぶになれ」

   すると、とてつもなく大きなかぶが育ちました。

   そこでおじいさんはかぶを抜こうとしましたが、ひとりでは抜けません。

   おじいさんはおばあさんを呼んできて、一緒に引っ張りました。

   「うんとこしょ どっこいしょ」

   ところが、かぶは抜けません。


   

   そこで今度は、おばあさんが孫娘を呼んできて、三人で力いっぱい引っ張りました。

   「うんとこしょ どっこいしょ」

   しかし、やっぱり抜けません。

   今度は孫が犬を呼び、犬が猫を呼び、最後にねずみも呼ばれました。

   達成感に満ちたフィナーレは是非絵本でご覧ください。


   

   本書が乳幼児さんたちに人気があるのは、協力を重視する教訓話だからというより、

   大勢でかぶを引き抜こうとする遊びのような要素がおもしろいからでしょう。

   読んでもらっている子どもたちは、自分も呼ばれて、「うんとこしょ、どっこい

   しょ」と掛け声をかけ、参加している気持ちになれるのではないでしょうか。


   

   彫刻家佐藤忠良氏のダイナミックな画も魅力にあふれています。

   余談ですが、以前、箱根の「彫刻の森美術館」で忠良氏の作品を拝見したことがあり

   ました。私が惹かれたのは大きな作品ではなく、お嬢さんの佐藤オリエさんをモデル

   にした小さなブロンズ像だったと思います。

   かつて1966年に放映されたテレビドラマ「若者たち」でデビューした女優佐藤オリエ

   さんを私は大好きだったので、オリエさんの少女像にはいつもお父さんのまなざしが

   注がれているということに、心がぬくもりました。


   
   
 随想とまとめ


   さて、ロシアの昔話「かぶ」がロシア本国で最初に収録されたのは、1863年民族学

   者アファナーシエフ編纂の『ロシア昔話』でした。翌1864年には、国語の教科書とし

   成された読本『母語』第1学年用に、ウシンスキーがかぶを再話しました。その話に

   は本書のように、おじいさん、おばあさん、孫娘、犬、ねこ、ねずみが登場します

   が、ウシンスキー型のこの昔話が圧倒的に広まっていったそうです。

   一方、1908年にオンチューコフ編纂の『北方の昔話』に収録された原話は、大きなか

   ぶを抜くために、おじいさん、おばあさん、孫息子、孫娘が一列につながり四人で

   引っ張ったけれど、かぶは抜けない。そこへねずみがひょっこり現われてかぶを食べ

   てしまい、かぶがひっこ抜けたというあっけないお話です。


   

   ところで、おもしろいことに、初出のアファナーシエフ型の昔話には、ネズミではな

   く、「1番目から5番目までの一本足」が登場します。

   このストーリィについては編纂者アファナーシエフ自身も不思議に思ったようです

   が、その一本足の謎については、書籍「『大きなかぶ』はなぜ抜けた?」(小長谷有

   紀=編 齋藤君子著 講談社現代新書P20~21)に、ひとつのヒントが提示されてい

   るようです。一本足が登場する理由は、1868年モスクワで出版されたベッソーノフ

   編纂『童謡集』が記載するように、この話が所作を伴う子どもの遊戯歌であるためで

   はないかと推測されます。


   

    その遊戯とは、ひとりが「かぶ」役になって座り、もう一人がその子の片足をつか

    んで引っ張るけれど引き抜けない。そこで三人目が二人目を引っ張り、四人目が三

    人目を引っ張り、五人目が四人目を引っ張り、さらにたくさん集まって、やっとか

    ぶを引き抜き、喜ぶというものです。


   

   ロシアには、「かぶ」に限らず「大根」「わさび」「葱」などの根菜類を引き抜く動

   作を模した遊戯があったそうです。


   

    二人以上が鎖状につながって「かぶ」になり、「鬼」がその「かぶ」を一人ずつ抜

    いて鎖から離す。抜かれた子は今度は鬼の側にまわり、鎖のようにつながる。もと

    の鎖の根元にいる子は「おかあさん」「おばあさん」あるいは「かぶ」や「根っ

    こ」などと呼ばれました。


   

   ですから子どもの遊戯歌と昔話の「かぶ」に深い関係があることは否めないでしょ

   う。

   そういえば、日本のわらべ歌にも「たけのこ一本ちょうだいな」「まだ芽がでない

   よ」と歌で応答し合いながら、鬼役の子がたけのこ役の子を引き抜く動作をする、上

   記に似た遊戯がありますね。

 
   

   「おおきなかぶ」の引き抜く動作が繰り返されるところには、人間の病魔を引き抜

   き、祓おうとする意味があるのかもしれないと齋藤氏は述べておられます。

   いずれにしても、一人で抜けないほどかぶが大きく育ったのは、おじいさんが大事に

   大事に育てた賜物かもしれませんが、パンと魚に次ぐ大切な食糧であったかぶには、

   大きく育ってほしいという民衆の願いもあったのではないでしょうか。


   
   

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