えほんのいずみ

絵本「おそとがきえた!」のあらすじや随想

 この絵本について―内なるしあわせを充実させる

作:角野栄子

絵:市川里美

出版社:偕成社

出版年月:2009年1月

出版社の対象とする読者年齢:5歳~

定価:1,320円(本体1,200円)

 
 はじめに


   本書は、『魔女の宅急便』(福音館文庫)の童話作家・角野栄子さんと『春のうたが

   きこえる』(偕成社刊)の絵本作家・市川里美さんのコンビによるすてきな作品です。

   表紙絵はグレーを基調としていますが、主人公のチラさんのしなやかな想像力を通し

   て、現実のつつましい暮らしが魅力を放つファンタジー絵本です。

   何歳になっても「今」を楽しんでしあわせに過ごす秘訣が、この絵本の随所に垣間見

   られるでしょう。

   
   
 あらすじと随想


   主人公は、表紙絵の花咲チラさんと、ねこちゃんという名のねこ。

   ふたりは大きな町の小さな家で肩を寄せ合って仲良く暮らしていました。

   しかし、家には窓がたくさんあっても日の光が射しこまず、窓から見えるのは空どこ

   ろか隣の建物の落書きの壁ばかり。

   「すてきなおそとがあったらな」それがふたりの願いでした。

   チラさんは、ねこちゃんに“あきらめないように!”と言われて、「おばあちゃん住

   宅抽選係」への葉書も出しました。


   

   ところが寒い冬のある日、窓から見える景色が変わり、「おそと」が消えて見えなく

   なったのです。

   その時チラさんは言いました。

   “おそとなんて消えちゃったっていいわ”

   そして、スープを煮る湯気で白くくもったガラス窓に、ふたりは指で次々に絵を描き

   ました。

   チューリップ、ことり、ちょうちょ、さかな、そしてたくさんのお日さま。

   ゆっくり座れるベンチや木登りできる高い木も、ブランコもアイスクリーム屋さんも

   描きました。

   冬の間、そうやってすてきな世界を描き続けたのです。


   

   やがて、春になりました。

   チラさんとねこちゃんは、新しいおそとに出会えるでしょうか。

   ふたりを待っている未来が、とても楽しみです。本書の美しいフィナーレは、是非、

   絵本を手に取ってご覧ください


   
   
 随想とまとめ


   高齢になられた角野栄子さんが、もうそろそろ大事な品々を整理しなければ・・・と

   押し入れの中の仕分けを始めた時、懐かしい思い出に包まれて、“もう自分には「思

   い出」しかないの?「これから」はないの・・・?”とふと思ったことがあったそう

   です。

   しかし、まだ自分にもこれから開ける扉があるかもしれないと明るい空気を感じたの

   は、83歳で「国際アンデルセン賞作家賞」受賞の知らせを受けた時だったといいま

   す。(著書『角野栄子 エブリデイマジック』コロナ・ブックス刊)


   

   高齢化による体調の不具合や自己肯定感の変調がドッと押し寄せてきても、ある意

   味、順調なことかもしれないと70歳を目前にして最近思います。

   たとえ、角野さんのように栄えある賞によって明るい扉を見出すことはなかなか無い

   としても、つつましい日常をいかに喜びをもって過ごすかを教えてくれるのが、チラ

   さんとねこちゃんのすてきなところ。


   

   外の景色が見たくても見えないという現実の壁をどうやって乗り超えるか。

   ふくよかな希望の描き方が、この絵本に隠されているようです。

   日常に魔法をかけるひとつの方法は、願いごとを心に思い描くこと。

   と同時に、今与えられている日常の小さな出来事の一つひとつを大切にして、楽しん

   で過ごすという両方が必要なのかもしれません。

   労わり合える相手がいるのもすてきなことでしょう。


   

   それに、ストーブのうえでスープをコトコト煮ながらチラさんとねこちゃんが歌う

   「スープは いつも しあわせ くれる

   コトコト コトコト わらいごえ たてて

   スープに おまかせ しあわせ おまかせ」


   

   このしあわせなスープの歌に、私たち読者はほがらかなエネルギーをもらえます。

   現実には、窓から暖かい日の光が入ってこなくても、外の景色が消えても、今、目の

   前にある湯気でくもった窓に、指で思いきり希望を描くことができるでしょう。

   子どものような遊び心の中にも、しあわせヒントがありそうです。

   そして何よりこの絵本のチラさんの暮らしを通して、今与えられている、しあわせな

   日常を新たに見いだすことができるのはとてもうれしく思えます。


   
   

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